非実在少年少女

 アイスクリームを乗せられた赤いクリームソーダは、テーブルに着くやにわかに色めき立ち、次々と泡を浮かばせる。
ぱちぱちと跳ねる泡の微かなしぶきに、なまえは目を輝かせた。

「すごい、綺麗……!」
「前に、ボーダーの女性陣に聞いたんだ。なまえと一緒に来られて、良かった」
ボーダーの広報という立場故に、街の人々に顔を知られすぎてしまっている嵐山准その人は、慣れた変装姿で快活に笑った。

「嵐山くん、そういうの詳しいね。お洒落なカフェとか私よりもずっと詳しいから、何だか負けた気がする」
「はは、俺はただ、そういう話を聞く機会も、そういう場所に呼ばれる機会も多いってだけだな。地域の広報誌の取材なんかは、こういう飲食店でやることも少なくない」
「嵐山くんは、ボーダーの顔だもんね」

 月に一回発行される、三門市の広報誌の表紙を思い出して、なまえはほろ苦く微笑んで、頷いた。
今月の表紙を飾っていたのは、なまえの目の前で一点の曇りも無い顔で笑う、嵐山だった。

 夏の特集、なんて表紙に大々的に銘打たれた記事は、『ボーダーの隊長、そのプライベートに迫る! 嵐山准インタビュー』だっただろうか。
プライベートに迫るとかどうでも良くて、せめて彼を放っておいて欲しいとしか思えなかったなまえは、まだ広報誌を開いてもいないから、どうでも良かった。

 だって、嵐山はアイドルじゃないのに。
嵐山はボーダーの防衛隊員で、決してプライベートを広報誌に暴き立てられていいような人間じゃない。
家族が嵐山や嵐山隊の熱狂的なファンであるなまえの家では、今月の広報誌もリビングの棚の一角――通称嵐山コレクションに加えられるのだろう。それもまた、無性になまえの機嫌を逆撫でした。

「今月の三門市の広報誌、表紙だけ見たよ。まだ、中身は見られてないけど。プライベートに迫るインタビューとか、大変だね」
「ああいうのは、大体根付さんが質問と答えをある程度決めてくれるんだ。勿論、嘘は吐いてない。本当のことの中から、広報誌に取り上げられても良いものだけ、俺やボーダーの方で取捨選択してる感じだな」
「だとしても、大変だよ。私達、ただの十九歳じゃん。プライベートを広報誌で取り上げられるとか、そんなの、」

 ――見世物小屋のパンダみたいじゃん。そう続ける勇気は無く、なまえは固く口を閉ざした。
クリームソーダの泡が弾ける音が、この空気にはやけに爽やかすぎて、今だけは耳障りだった。
嵐山はなまえの言いかけた言葉に、その憤懣に、気付いているのか、しっかりと笑った。

「……それでも、俺がボーダーの広報として表に出ることで、救われる市民の方が居る。だから俺は、救われる誰かの為に、やり遂げてみせるさ」
嵐山は、高潔だった。少なくとも、なまえが思っていたよりずっと、嵐山は悲壮感の欠片も見せず、笑っている。
底抜けの笑顔だった。まるで、雲ひとつ無い、夏の濃い青空のような。

「今回のインタビューでは、根付さんの了承を貰って、なまえのことも少しだけ話したんだ。名前も、外見も、個人に繋がることは何も話してない。ただ、俺を支えてくれる人が居るとは、話した」
「……私、嵐山くんのこと、支えられてるの」

 絞り出すようななまえの声を、嵐山はやはり眩しいほどに笑って、肯定した。
嵐山の隊服の色と同じ、赤い色をした、いちご味のクリームソーダが、氷を揺らしてからんと鳴った。
鮮やかすぎるヒーローの色に、なまえはまだ口をつけられない。

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