とっておきのペールブルー

 蝉の声が、わんわんとうるさいくらいに響くコンビニの前に、そいつはいた。
同じクラスの男子で、ボーダーに入っているとかいうそいつは、夏の灼けつきそうな陽射しの下で、棒付きのアイスを齧っていた。
今は偶然にも、警戒区域から聞き慣れた爆音が聞こえないから、そいつがボーダー隊員で、この街を守る為に戦ってるとか、信じらんないな、と失礼ながら勝手に思った。

「米屋、学校ぶり」
「お、なまえじゃん。なまえもコンビニとか来るんだな」
ひょい、とアイスを持っていない方の手を挙げて、米屋がニヤッと笑った。
その姿は、他のクラスメイトと何も変わらなくて、気易い。
……本当に、街を守るとか、そういう戦いをしている奴なんだろうか。

「……別に、私もコンビニくらい行くよ。塾の帰りとか、普通に小腹すくし、よく小さいお菓子とか買って帰ってる」
「小腹で済むのかよ。すげー。俺とか、夕方に終わる防衛任務の帰りは本部のコンビニでパンとか買って帰んのに」
「……パン食べて、帰ってご飯とか食べられるの?」

 私の純粋な疑問に、米屋はやっぱりニヤッと笑った。クラスでよく見る、あの笑みだ。
「……と思うじゃん? 余裕で入るんだな、これが。むしろ何か腹に入れねえーと、腹減って家までもたねーよ」

 男子って、すごい。口には出さずに、私は驚いた。正直に言うと、ちょっと引いたかもしれない。
だって、私が夕食前にパンを丸々一個食べたなら、たちまち夕食が入らなくなる。

 私だって、年齢的には米屋と同い年で、普通に食べ盛りだし、パン一個で夕食が事足りる訳じゃないけど。でも、私だったら食べきれずに夕食を残すだろう。
米屋が特に大食いなのか、私が特に少食なのか、その辺は分からないけど、違いがあまりに顕著だ。

「男子って、やっぱ食べるんだね。食べ盛りってすごいわ」
「育ち盛りでもあるからな。すぐになまえを見下ろすくらい大きくなってやるよ」
「米屋、今でも普通に身長大きいじゃん」
ソーダ味のアイスを齧って、米屋が楽しそうに笑った。クラスでも社交的で、クラスメイトの輪の中心に居がちな米屋は、いつだって気さくに笑っているけど。

 米屋の近くに居るだけで、微かにアイスの香料の、甘ったるいような爽やかなソーダの匂いがする。
うだるような夏の、どこにでもあるようなありきたりなひと時を、米屋のスマホの着信が切り裂いた。

「……あ、悪ぃ、なまえ」
スマホの液晶に視線を落とした米屋が、短く謝る。米屋が謝る理由が分からないから、私は疑問符のついた相槌を打った。
「呼ばれてんだよ。ボーダー。急ぎっぽいから、オレもすぐに行くわ」

 米屋がポケットに手を突っ込んで、握りやすそうな曲線がついた手のひらサイズのトリガーを取り出す。
ボーダー隊員は、皆あのトリガーを持っているのだと、前に米屋が言っていた。守秘義務とか大丈夫なのかと心配になったけど、一応本当に知られてはいけない情報はしっかり誰にも言わずに抱えているらしいから、トリガーとやらのことは私に話しても良かったのだろう。

 米屋の服装が、Tシャツとパンツスタイルの、ただ本当にコンビニに来ただけみたいな私服から、紫色のパーカーみたいな服装に変わる。半袖で、ポケットとかがゴツいパーカー。手には、米屋の背丈とそう変わらない長さの槍を持っている。
今更、驚きはしない。ボーダー隊員が身近に居れば、すぐに見慣れてしまう。

「オレは今からボーダーのオシゴトだけど、なまえも気をつけて帰れよ。これ、やるから」
米屋が、アイスの空袋に入ったアイスの棒を押し付けてくる。
ちらりと袋の口から覗いた棒には、『あたり』の三文字が刻印されていた。

「米屋も、気をつけて! また学校でね!」
少しだけ息を深く吸い込んで、私は警戒区域の方角に走り去ろうとする米屋の背中に叫んだ。
返事は期待していなかったけど、米屋が確かにひらひらと手を振るのが見えて、一応私の声が聞こえたらしいことに安心した。

 ボーダー隊員が警戒区域で戦ってくれているのは、良くも悪くも三門市の日常だから、きっと米屋は今日も無事に戦いを終えて、それで帰りにパンでも齧りながら帰るのだろう。
次に学校で会う時は、アイスのお礼も兼ねて、ボリュームのある惣菜パンでも買ってやろうかな、なんて思った。
汗が止まらない陽気の中、微かに香るソーダの匂いが、少しだけ爽やかだった。

BACK TOP