黒の競売会 U
太陽が沈み、月が顔を出し始めた頃。
五人の男女の姿が大豪邸の門の前にあった。そこにワジの姿は無い。一足先に会場に行く、と先程別れたからだ。
「……よし、頃合だな。エリィ、行けるか?」
「ええ。私の方は問題ないわ」
「ランディ、君も行けるかね?」
「うっす……じゃなくて。行けるぜ、フラン」
『恋人』としてチェックを潜り抜けるのならそれらしい振る舞いを、と呼び捨てで構わないと言ったのが数時間前。それから綿密に段取りや役割分担を決めていたりしていたらすっかりこんな時間になってしまった。
同時に四人行くと怪しまれるかも知れないとなり、先ずはロイドとエリィが、少し間を置いてフランとランディが、という手筈になった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「健闘を。ロイド、エリィ」
挨拶を交わし、ロイドとエリィは門を潜って屋敷へ向かっていく。残った三人は門の陰に隠れてしゃがみ、先行した二人の様子を伺う。
ロイド達は如何にもカップルらしい雰囲気を出しながら屋敷の前まで行き、警備担当のルバーチェの構成員と会話をしている。バレやしないかと三人で様子を見守っていたが、ロイド達はすんなりと通して貰っていた。
さて、次はフランとランディの番だ。二人は立ち上がると門の陰から出、隠し持った得物の再確認をする。ランディのスタンハルバードは分解してジャケット裏などに仕込めば大丈夫だったが、フランの長刀はそうはいかない。仕方なく長刀はティオに託し、戦術オーブメントと剣をドレスの下に隠している。
「ティオ、頼んだぞ」
「はい。フランさんの長刀、しっかり預かってますね」
こくり、と頷く。ティオはこの場に残って連絡やサポートをする手筈だ。依然と門の陰にティオは身を隠し、鞘に収めた状態のフランの長刀も脇に置いている。
「さて、行くぞ。ランディ」
「合点承知!」
「二人共、お気をつけて」
ティオの見送りに軽く手を振り、フランはランディと共に門を潜って屋敷へ向かっていく。
長い石畳の道路の途中、ランディが軽く曲げた腕をフランに差し出す。
「ほら、フラン」
「……?」
「恋人っぽくするんだろ?だったらこの位しとかねぇとな」
「そ、そうだな」
ぎこちなく頷き、フランはランディの腕にそっと自分腕を通す。普段の彼女からは到底想像出来ない狼狽えぶりが伝わってきて喉で笑っていると脇腹を小突かれてしまった。
「ごほんっ。……A級遊撃士たるものこの程度で狼狽えてはならんな。さあ、気を引き締めて行くぞ。打ち合わせ通りにな」
「了解だ」
玄関までもう数メートルも無い。小声で段取りを確認し合い、フラン達は歩いていく。
「お待たせしました。次の方、こちらへ」
黒い服の男達―――ルバーチェの構成員である男達は賓客が差し出した招待状をしっかりと吟味し、正しい物だと分かれば大きな玄関の扉を開けて賓客を中に招いていく。
手渡され、確認されていくのは黒く、金の細工が施された招待状。魔都と呼ばれるクロスベルの『裏側』で行われる非合法な催し物に参加する為のカード。
「次の方、お待たせしました」
男女の賓客を中に招き入れると、次にやって来たのも男女だった。それもどうやら恋人同士らしい。銀髪の女性は赤髪の男性の腕に己の腕を通し、親密そうに体を寄せている。
「ようこそ、『黒の競売会』へ。招待状をお見せ頂けますか?」
「ああ、これだろう?」
令嬢のような綺麗な見た目に反して紳士のような口調で女性が招待状を差し出す。構成員は手渡された招待状を開いて中を吟味すると慇懃に微笑み、女性に視線を向けた。
「……確かに。念の為お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「フランナルジュ・ライゼ・ランチェスターだ」
「ランチェスター……」
構成員が片眉を上げた。
ランチェスター。帝国の皇族であるアルノール家の遠縁に当たる大貴族の苗字。それ程の貴族ならばこう言った催し物の招待状が届くのも頷けるだろう。貴族の当主やその子供なんていうのはこの『黒の競売会』でも招待客の大多数を占める割合で居る。
「ランチェスター様ですね、承知致しました。ところでそちらの方は?」
「おっと、名乗る必要はねえって聞いてたんだが」
束ねた赤髪を揺らして男はからかうように笑う。
「ええ、ですが一応ご関係をお聞きしても?」
ランチェスター嬢は男性に体を寄せる。
「見ての通り、私と彼は恋人同士の関係にあたる。けれど……まあ、声を大にして言えないのだが、私達の家柄には差があってね。私の両親には彼との交際が認められていないから、こういった催しなどで逢瀬を重ねるしかなくてな」
「ま、あんな堅っ苦しい屋敷を抜け出せられて良い息抜きになるだろ?」
「二階の窓から強引に連れ出しておいて、一体どの口が言うのかね?」
ランチェスター嬢は皮肉げに笑ってみせ、赤髪の男性も笑みを零す。
まあこれで確認は取れただろう。一つ咳払いをした構成員は扉を開ける。
「……それではランチェスター様、お連れ様。どうか存分に今宵の競売会をお楽しみください」
「ああ、有難う」
「精々楽しませてもらうとすっか」
二人の男女は連れ立って邸宅の中に入っていく。けれど扉が閉まり、周りに人が居ない事を確認すると―――
「何かねあのシナリオは……」
「ははっ、なかなか良かっただろ?」
「まあ潜入出来たのだから次の段階かね。賓客を装いながら探ろうではないか」
恋人を装いつつ、二人は奥の部屋に向かっていく。どうやらそちらには用意された飲食スペースがあるらしく。
「…………?」
「どうした?フラン」
「ああ、いや……」
急に立ち止まったフランの訝しげな視線が階上に向けられる。暫しじっと食い入るように見つめていたが、ふと視線を外して前に向けた。
「……何か聞こえたような気がしたのだが、空耳だろう」
納得いかない、と言いたげな表情だったが仕事だと割り切ったらしい。眉間に皺を寄せたままフランはランディと共に奥の飲食スペースへと向かった。