黒の競売会 V
「おっ、流石は裏の競売会。美人が揃ってるねぇ」
「そこはこの競売会と関係ないだろう……」
飲食スペースとなっている大広間で、周りを見渡して口笛を吹いたランディに隣を歩くフランは溜息を吐いて呆れてみせる。脇腹を小突けば「悪ぃ悪ぃ」と微苦笑しながらの謝罪が飛んできた。
まあいい、とフランは一つ咳払いをすると怪しまれないようにランディと歩きながら声を潜める。
「さて、無事潜入出来たな。邸内の探索に移りたい、が……」
「……先に潜入したロイド達から連絡が無ぇな」
そろそろ何かしらアクションがあっても可笑しくなさそうだが、どうにもエニグマが一向に鳴らない。未だ探索をしているのか、それとも――
万が一の事態を想定していると、タイミングを見計らったように振動音が聞こえた。ランディは上着の内ポケットからエニグマを取り出し、小声で何度か会話をした。
ややあって、ランディは通話を終えるとエニグマを終う。
「ロイドからかね?」
「ああ、何でも上の階の部屋で変な出品物を見つけてたから来てくれだとよ。俺達も移動するか」
「承知した」
ランディはロイドから道順も聞いていたのか、素早く大広間を抜けると階段を上り、幾つかの角を曲がっていく。
と、何かを察知したようにランディとフランの動きが同時に曲がり角の手前で止まり、辺りの様子を伺う。微かに聞こえてくる銃撃音と金属音、怒声。これは曲がり角の向こうから聞こえてきていた。二人は顔を見合わせる。
「おーおー、派手にやってんなぁ」
「感心している場合か。ランディ、先駆けを」
「あいさ。……って、フランはどうするんだ?」
フランは踵の高いブーツでコツコツと床を叩いた。
「これではロクに応戦も出来んではないか。一分だ、一分で服を着替える」
「なる程な。……けど勿体無ぇな、そんなに似合ってんのによ」
うぐ、とフランは小さく呻いた。その顔が僅かに紅潮しているのは気のせいか。
「……また機会もあろう。良いから早く行きたまえ!」
「へいへい」
本格的にドレスを脱ごうとし始めたフランから逃れるように、ランディは組み立てた己のスタンハルバードを構えながら角を曲がって先行した。
普段から着用している旅行者用のコートをバサリと羽織り終えたフランは履き慣れたブーツで廊下の床を蹴り、疾駆する。先行したランディやロイド達が打ち倒したのか廊下のあちこちには気絶しているルバーチェの構成員が転がっている。フランは彼らを踏まないように配慮しながらもスピードは落とさずに廊下を駆けていき、その勢いを乗せたまま最奥の扉を蹴破った。
「ロイド! 無事かね……って」
出品する競売品を管理する部屋に踏み入り、数度目を瞬かせる。
ロイドやエリィ、ワジは既に普段の服に着替えて正に脱出しようとしていた所らしく、後からやって来たランディも着替えが終わっている。それについては別段指摘する所は無い。フランが唖然としたのはロイドが片膝を付きながら抱えている『それ』の事だった。
「ねーねーロイド、あの人もロイドのお友達?」
ライム色のたっぷりとした髪を背中に流し、手術着のような服に足枷を填めている少女がロイドに横抱きにされている。少女はきょとんとした顔でフランを見ると、傍らのロイドの上着をくいくいと引っ張って問うた。
「ああ。彼女はフランと言って、遊撃士の人だよ。凄く強くて頼りになるんだ」
「んー? ゆーげきし?」
首を傾げつつも『強くて頼れる』の下りは理解したらしく、キラキラとした目で見上げてくる少女。どうも居心地の悪さを感じ、フランは一つ咳払いをする。
「……事情は脱出しながら聞こうではないか。さあ、不審に思ったルバーチェが増員を呼ばない内に撤退してしまおう」
蓋が開けられた状態で放置されている『ローゼンベルク工房製 人形』のタグが付いた大きなトランクをチラりと見、フランは剣を抜き払って構える。けれど普段使っている長刀とは間合いも重さも異なる為、しっくりこないと言いたげな表情で二、三度空振りしていた。
そうしてランディとフランが前衛、少女を抱えたロイドとワジが真ん中、エリィが後方と言う編成で脱出が始まった。
「ランディ、右から軍用犬が四体来るぞ!!」
「了解!おらあっ!!」
少女が居た部屋から出、廊下を全力で走り階段を駆け下りる。一階まで降り、広間に出たところで既にルバーチェは異変を感じ取っていたらしく、獰猛な軍用犬を屋敷内に放っていた。素早く察知したフランの声にランディが直ぐ様反応し、スタンハルバードを振るう。大きな横薙ぎの攻撃で三体の軍用犬が吹っ飛ばされ、取り零した一体はランディの攻撃の隙間を潜って距離を縮めたフランが的確に首筋の太い血管を斬り、倒す。
剣に付いた血を振り払ってフランがぼやいた。
「……子供の教育に悪いか?」
「ま、そこはロイドが上手く見えねぇようにしてくれる事に期待すっか」
飛ばされた三体に追撃を加えつつ、ランディが苦笑する。
「気をつけて二人共、新手よ!」
反対の廊下から複数の足音と床を蹴る爪の音。かなりの増援が来るのが分かる。ランディとフランはさっと顔を見合わせると玄関の大扉まで走り、強引に開け放った。どうやら庭にも軍用犬が放たれているらしい。荒い息遣いと地面を駆ける足音が微かに聞こえてくる。
だからと言って立ち止まる訳にはいかない。その気持ちは言わずともその場に居る全員が抱いていた。ロイド達は顔を見合わせて頷くと再び走り出した。向かってくる軍用犬はランディとフランが迎撃し、それでも追い縋ってくるものはエリィの精密射撃が余さず撃ち落としていく。
正門まで残り数アージュ。やってくる軍用犬達を捌きながら走っていると「フランさん!」と離れたところから呼び掛けられた。声の方向は正面の正門側。視線を動かすと細長い物が回転しながら飛来してきていた。それが何なのか咄嗟に理解するとフランは飛来してきた物を掴み、ニッと笑みを浮かべる。
「ナイスだティオ!」
飛来したのはフラン愛用の長刀。今まさにエリィの背後から彼女を襲わんとする軍用犬の首筋を使っていた剣で突き刺して絶命させるとフランは長刀を抜き払い、構えるや否や周囲の軍用犬を斬り払っていく。
「ヒュウ! さっすが《絶剣》のカストールだ」
圧倒的なまでの攻撃に思わず舌を巻く。それでもランディは攻撃の手を緩めず、走りながら軍用犬の相手をしていた。正門をくぐり抜け、待機していたティオもロイド達に加勢し始めた。彼女の持つ魔導杖が光り、炎のアーツに変換されたエネルギー弾が続いてきた構成員や軍用犬を牽制していく。
「おいおい、街中でやらかそうってか!?」
「阿呆にも程があるぞ!」
「それだけこの子を奪われたくないって事でしょ!」
「と言うか、ロイドさん! その子は一体……!?」
「説明は後だ! 来るぞ……!」
住宅街を走り抜け、尚も追い縋ってくるルバーチェ。隠そうともせずに盛大に舌打ちをしたフランは長刀を閃かせ、通りすがる一般人へ向かう銃弾を斬り落としていく。
そうして住宅街を抜け、波止場まで辿り着く。丁度水上バスが停泊しているが――
「おい、嘘だろう!?」
エンジン音を吹かせ、水上バスは発進してしまう、奥に残っている船かボートがあるかも知れない、と波止場の最奥へ向かって駆け出すが、
「チッ……何もねえのかよ!」
頼みの綱も消え、進退窮まる。そうこうしている内にもルバーチェ達は迫り、ロイド達は追い詰められる。波止場の端まで来ると少女を抱えたロイドを一番奥にし、彼らを守るように立ち塞がりながらフラン達は応戦した。
「……囲まれちゃった……」
「ここまでか……」
両者が大きく引いて距離を取るが、どちらも何時戦闘に移行出来るように武器を構えながら油断せずに相手を見据える。
するとルバーチェ側の奥から低く、厳しい声が響いてきた。その声は呆れながらも何処か楽しそうで。さながら絶好の獲物を見つけたハンターのようだった。
「やれやれ……テメェらだったとはな」
「ガルシア・ロッシ……」
「ルバーチェの若頭だったか?」
ロイドとフランが敵意を込めて言う。
「よう。支援課のガキども……随分と久しぶりじゃねぇか。だが、テメェは……」
ガルシアの視線がフランに行き、ガルシアは口角を歪めて皮肉げに笑う。それが不快でフランは長刀の切っ先を彼に向けながら低くした。
「……何かね。悪質なマフィアの知り合いなぞ持っていないが」
「ああ、小奇麗な遊撃士様は『マフィアの知り合い』は確かに持ってねぇだろうなぁ。まさかこの競売会に忍び込むとは心外だったが」
「何、これは個人の感情と思惑で参加したに過ぎん。仕事ではないんだ、構わんだろう?」
「ああ、構わないぜ? 来る者は拒まず……お得意様だったら大歓迎だ。しかしまあ、正直そこのガキ共を侮ってたぜ。まさか『黒月』と結託してここまでの騒ぎを起こすとはなァ」
意味が分からず、ロイド達の間で衝撃が走る。
「な、なんでそうなる!?」
「……『銀』と私達は何の関わりもありません。気絶した部下の方に聞いてみたらどうですか?」
「寧ろ侵入していた彼を追い払ったようなもんだしね」
エリィ、ワジが続ける。どうやらフランとランディがあの部屋に来るまでに一悶着があったらしい。
しかしそれをガルシアは「今更そんな事はどうでもいい」と切り捨て、両手の指を鳴らす。俄かにガルシアの纏う気に殺意が混じり始め――
「折角の狩りに獲物の悲鳴を聞かないってのも締まらねぇ話だろ……? 安心しろ、命まで取るつもりは無ぇ」
ニ タリ、と獰猛な笑みを浮かべると戦闘体勢を取った。
「腕の一本か二本で勘弁してやるからよ……!!」
「っ……」
「本気みたいですね……」
「ったく……トシを考えろよ、オッサン」
「クク、精々楽しませてくれよ?久々の狩りで血が滾ってる――この『キリングベア』をなァ!!!」
「来るぞ、構えたまえ!!」
ほぼ同時に石畳を蹴り、激突した。