約束を果たす日まで
―――……悪いな、バレンシア。お前との約束……守れそうに、ねえわ……。春に、肩並べて満開に咲いたライノの花を見るって約束……ハハ、あんだけ恰好良く言ったのにな……。
なあ、バレンシア……俺は……いつでもお前を想ってる。何処にいようとも、どれだけ離れようとも……それは、今までもこれからも変わらねえ。だけど、お前は―――
まだ、あの時の光景が目に焼き付いている。目を瞑ればいつだってあの時のクロウの声や、表情や、体温や、わたしの頬に触れた手の感触を思い出す事が出来る。
「……クロウ……」
ベッドの端に腰掛け、クッションを抱きながらそれに顔を埋める。
クロウは前に進めと言った。ひたすらに、ひたむきに。それはきっと『自分の死』で立ち止まらず、それを超えて未来を歩いていけと言う事だろう。クロウは立ち止まってしまったから。お祖父さんの死という出来事で。
けど、私には掛けてもらった言葉には『俺を忘れてもっといい人を見つけろ』なんてニュアンスも入っていた。本当にクロウはバカだ。わたしが、クロウ以上にいい人なんて見つけられる筈が無いのに。クロウ以上に良い人なんて居ないのに。
「ただひたすらに、ひたむきに……前へ……か」
わたしは今、クロウの死で立ち止まってしまっている。他のZ組の皆は自分なりの答えを見つけ、先に進もうとしている。前を見据えている。けれどわたしは今だってこうして、部屋に閉じこもって立ち竦んだままだった。
ふと、壁に掛かっているカレンダーを見る。あの煌魔城での決戦から二週間は経っていた。けれどわたしは第三学生寮の部屋で無為に時間を消費しているに過ぎない。ほぼ一日部屋に閉じこもって皆とも会話をしていない。未来から目を背けて進もうとしていない。
だって、何をしたら良いか分からないんだもの。今のわたしに出来る事、わたしがすべき事が見当たらない。ううん、正確には『無くなった』。クロウと共に歩いていきたい、と言う未来は無くなってしまった。
「本当に……どう進めば良いんだか……」
クッションを抱いたまま、ベッドへ仰向けに寝転ぶ。
と、サイドテーブルに置いたまんまだったARCUSが鳴り、わたしはクッションを横に置いて起き上がってARCUSを掴んだ。開いてみればアリサ達から鬼のように着信が入ってて……いや、今はそれじゃない。今来たのは導力メールだ。操作し、メールを開く。中には短く文が書いてあり、宛先を見て「らしいなぁ」なんて呆れ混じりの笑みが零れた。
『彼が遺した言葉の意味を、彼が行った行動の意味を、今一度考えてご覧なさい』
今のわたしを見透かしたような、魔法の言葉。やっぱり姉上には勝てそうにもない。
ARCUSをサイドテーブルに戻し、煌魔城での出来事を思い出す。クロウはオルディーネで道を切り開いてくれた。それはリィンとヴァリマールへバトンを渡す為に。そしてリィンはバトンを受け取り、見事に《紅き終焉の魔王》を破り、セドリック様を助け出した。セドリック様をを助ける事が出来たから《紅き終焉の魔王》の驚異はヘイムダルだけに留まり、世界に広がる事が無かった。
つまり、それは―――
「あー……うん……」
やりたい事、出来たかも。
「バ、バレンシア!?」
身支度を整えてから一階に降り、食堂に顔を出せば昼過ぎだと言うのに拘わらず、Z組女子メンバーが集結していた。ガタンと席を立ったアリサがやって来てわたしの手を取ると酷く不安そうな表情を浮かべる。
「あはは、久しぶり……に喋るね、アリサ」
「本当よ!帰ってきてからずっと部屋に篭もりっぱなしで、全然出て来てくれなくて……!」
「ん。バレンシアが自殺するんじゃないかって皆で心配してた」
「フィ、フィーさんってば……」
「最悪の場合は私の剣とミリアムで扉を割って入ろうかとも話したぞ」
「そーそー!すっごく心配したんだよ!」
「エマ、フィー、ラウラ、ミリアム……うん、ごめん。みんなごめん」
泣きそうになってるアリサの頭を撫でつつ皆から言葉を貰えば、嬉しさと申し訳なさでわたしまで泣きそうになってきた。けど努めて笑顔でいようとしてたらエマにハンカチを差し出された。お礼を言い、ハンカチを受け取って涙を拭う。
「……それで?妙にすっきりした顔してるけど……」
「ああ、うん」
死にそうなくらい暗い顔しながらずっと篭ってた奴が突然憑き物が落ちたみたいな顔で出てきたら真っ先に精神を心配されても文句言えない。取り敢えず皆で席に着き、シャロンさんに紅茶を淹れてもらってからわたしは話を切り出した。
「クロウが道を切り拓いてくれたお陰でリィンが《紅き終焉の魔王》にトドメを刺して、セドリック様を助け出せたでしょ?それって単純にクロウがリィンにバトンを渡しただけじゃなくて、結果的には災厄を世界中に広げないで済むようにしたって事なんじゃないかなって思って……。だから……んーと、何て言うか……」
紅茶を一口飲み、わたしは少し俯いて続けた。
「クロウが守った世界を……守れるようになりたいなって。そうすると、遊撃士かなって……思ってね」
「……良いんじゃないかしら?」
否定されるにしろ驚かれるにしろ何かしらの大きなリアクションがあると思って身構えてたのに、真っ先に挙がった声はアリサの、柔らかな声。
パッと顔を上げてアリサをみればアリサは微笑んでて。周りを伺ってみればエマもフィーもラウラもミリアムも、誰もが難色を示してなかった。
「ああ、それがそなたの決めた道なのだろう?ならば誰も文句を言う資格はあるまい」
「それにとても素敵な夢じゃないですか。もっと胸を張って良いと思いますよ」
「ってなるとー……フィーとバレンシアって同僚って事?」
「そうなるのかな?」
「あー、でも…………」
盛り上がってるところ申し訳ない。恐縮しながら小さく手を挙げる。
「わたし、リベールで遊撃士になろうかなって」
遊撃士になるんだったらリベールとか共和国とか、規模を縮小していない所がいいかなあって。でも共和国は今凄いゴタゴタしてるから、だったらリベールかなと思った。
リベールはとってもいい国だってフラン教官が前に話していた事があったし、そんなフラン教官が居た場所ならさぞ素敵な所なんだろうなあとも思う。目標はサラ教官とフラン教官だ。二人に負けず劣らずの、ううん。勝っちゃうくらいのすっごい遊撃士になってみせたい。
「だから最低でも正遊撃士になるまでは帝国に帰ってこないかなー。帝国はわたしの帰るべき場所だから……いつでも帰れる、皆に会えるって思っちゃうと途中でへこたれて帰ってきちゃいそうだしね。それに―――」
離れてても、クロウや皆とは繋がってるから。
よく晴れた日の午前。第三学生寮の前に三人の姿があった。
よし、と荷物を確認してバレンシアは足元に置いておいたショルダーバッグを担ぎ上げる。
「忘れ物なーし!えへへ、トヴァルさん、サラ教官、色々有難うございました!」
「これ位構わないわよ。可愛い教え子で、未来の有望な後輩の為だもの♪」
「そうそう……って、推薦状書いたりしたのは全部俺だったじゃねーか!」
「あら、でもグランセル支部にしたらどうかって言ったのは……」
「それはフランだ」
「おっかしいわねぇ……」
「や、教官その時めちゃくちゃべろんべろんに酔っ払ってたじゃないですか……」
記憶に齟齬が出るレベルで酔っていたのかとバレンシアがジト目で見れば、サラは「ま、そんな時もあるわよね」とあっけらかんと笑う。
「そんじゃ、今からお前さんは帝都か?」
「はい。列車で帝都まで行って、それから飛行船に乗り換えてリベールまで行く予定です」
「そうか。受付のエルナンの奴に宜しく言っといてくれ」
「はーい!」
二人に手を振りながらバレンシアは駅へと向かう。
向こう半年は研修や座学、生活費を稼ぐ為のアルバイトで忙しい日々を送り、準遊撃士になればリベールを回る旅でまた忙しくなるだろう。その後はまだ分からないが、やはり目まぐるしい日々を送るに違いない。
けれど。バレンシアはグッと握り拳を作って胸に当てる。
これは自分自身が選んだ『道』だ。ならば泣き言なんて言っていられない。次に帝国に帰国する時にリィン達、オリビエ達、クロウに胸を張って報告出来るような遊撃士になる為に。今は只、ひたすらに決めた『道』を進むだけだ。
「よーし、頑張るぞー!!」
握っていた拳を高らかに突き上げた。