視線の先の先
※捏造しか無い
※ネタバレしか無い
―――――――――――――――
はあ、と吐き出した息は白く昇り、気温の低さに思わずバレンシアは羽織っているコートの胸元を引き上げた。
『灰の機神』でトーズルの戦闘から離脱したリィンのその後が気になり、もしやと思ってユミルへ来たら大正解だった。北の温泉街ユミル、その街から離れた山岳地帯に灰の機神は降り立ったらしい。合流したリィンからそう聞いて、灰の機神がその場に降り立った理由は何となく理解出来そうで。例の山岳地帯の方角を見ながらそう考えていると体がぶるりと震え、くしゃみをしてしまった。こんな寒い中でぼーっと立っていたのだから仕方無い。鼻を啜り、バレンシアは歩き出す。
歩き出したと言っても特に目的は無く、適当にユミルを見て回る。トールズでの戦闘で怪我を負った為、宿屋を出る時にリィンに「まだ完治してないんだから遠くには行くなよ」と念を押されてしまっていて。同い年なのに何処か兄っぽく見えたのは実際に彼が一人の妹を持つ兄で、自分が末の妹だからだろうか。苦笑を零し、更に歩いていくと一つの看板が目に入った。
「……へー、こっち行くと高台なんだ」
看板の矢印の先は両脇を林で囲まれた少し急な上り坂。登ってみたいという気持ちが湧き、足がそちらに向かう。慣れない雪の坂道に足を滑らせつつもなんとか登って行く。怪我で安静にしていろと言われていて鍛錬を怠っていた為、坂道を三分の二を登った辺りから段々と息が上がってきてしまった。けれどこれは逆に鈍った体を動かすチャンスだと考え、バレンシアは足を動かす。そしてもう少し登って行くとやがて天辺が見えてきた。もう少しか。
「あ、てっぺんだ…………わぷっ」
坂道が終わり、平坦な雪道を踏んだ時、雪混じりの強風が吹いてバレンシアは思わず目を閉じる。ザアザアと林が風に吹かれる音を聞きながら風が止むのを待ち、止むとバレンシアはゆっくりと目を開き、そして、前方の光景に目を見開かせた。
こちらに背を向け、高台からの景色を臨んでいる先客が居た。しかし驚いたのは何も先客がいた事にではない。その後ろ姿が、見覚えのある人物のものに似ていたからだ。しかしその人物は『この場に居たら最もおかしい人物』でもあり。有り得ない、と思いつつもバレンシアは足を前に進める。ザク、と雪を踏む音に気づいたのか、その人物は振り返り、近づいてきたバレンシアを目に留めて少なからず驚いた表情をした。
「……バレンシア……?」
明度の低いコートに身を包み、この寒空なのに腕まくりなんてしていて。髪を纏め上げているバンダナは学院生活中に使っていた白のものではなく黒い物になっていた。そして彼は驚いた表情から打って変わり、まるでたまたま友達に会ったかのような気軽さで片手を上げると口角を上げる。
「よっ。久しぶりだな」
「え、あ」
まるで『あの騒動』が無かったかのような、学院生活の続きのような。そんな気軽い挨拶を予測など全くしていなかったバレンシアは戸惑い、暫し視線を彷徨わせ、ややあって視線を合わせると控えめに口を開いた。
「…………うん。久し、ぶり……クロウ」
何とか笑顔を作ってみようと試みるが別れる間際、クロウ言われた事を思い出してしまいバレンシアはぎこちなく笑うと目線を下に落とした。雪で濡れかけた己のブーツが映る。
「リィンに会えるかと思ってフラッと寄ってみたら、まさかお前に会うとはな」
「今リィンと一緒に行動……してて」
「って事はやっぱあいつもこの街にいんのか」
「……うん」
下を向いている為クロウの顔は見えないがきっと呆れた顔をしているに違いない。何せこんな態度を取ってしまっているのだから。けれどバレンシアは今、クロウの顔をしっかり見る事が出来なかった。見てしまったら、きっと泣き出してしまう。
クク、と頭上から喉で笑う声がする。
「……そんなに怖いか?オレが」
「! そんな事ない!!」
バレンシアは思わず顔を上げ、クロウに歩み寄ると彼の手を両手で握った。クロウは驚いたような表情をしていたが、自嘲的な笑みを浮かべる。その表情が何処か辛そうに見えて。バレンシアは下唇をギュッと噛んだ。
「……クロウ自身は、怖くないの。クロウが……その、あの学院生活の事を幾ら嘘だって言っても、わたしは本当だと思ってるから。あそこに居たクロウも、それはちゃんと『クロウ・アームブラスト』であったって、思えるから。けど……」
俯き、バレンシアのクロウの手を握る力が緩む。
「けど……この間言われた事が……やっぱり……結構、悲しかったから……今クロウの顔見ちゃうと、泣きそうで……」
「っ」
それは、トールズでの戦闘でクロウがバレンシアに言った言葉だろう。正しくは彼女の言葉に対しての肯定だったが。絶対にバレンシアが傷付くと知っていて、知った上で肯定した。それでどれだけ彼女が悲しむかなんて分かっていたことなのに。
俯くバレンシアのブーツにパタ、と水滴が何滴か落ちる。もしかしなくてもそれは涙だろうか。ゴシゴシとバレンシアは涙を拭く。その様子を見ていたら自然と体は動いて。
「! え、あ、く、クロウ……?」
気がつけばバレンシアを腕の中に閉じ込めていた。狼狽える声がする。
しかしその声を無視し、クロウは腕に力を込めてバレンシアの首筋に顔を埋めた。暫く同様している気配が伝わってきたがクロウが解放しない事に諦めたのか、バレンシアは恐る恐るとクロウの背中に腕を控えめに回す。
聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で「悪かった」と呟かれ、バレンシアは泣きながら小さく笑い、腕に回す力を込めた。