出逢いか出遭いか
「――あのバスだな」
ウルスラ方面からのバスが時間になっても来ないから見てきてくれと職員に頼まれ、エステルとヨシュアを伴って街道を走ったフランは、ちょうど半ば辺りまで差し掛かった所で目を細めた。
バスが故障をしていたり、タイヤがパンクして動かないのであれば直ぐに連絡して別のバスを呼ぼうと思っていたが、どうやらそうは行かなさそだとフランは密かに舌を打った。
走りながら僅かに見えてきた黄色い車体。それを囲むようにして三体の大猿型魔獣が周囲を徘徊し、或いはその車体を掴んで揺らしていた。そしてその魔獣達と対峙するように四人の男女が武器を構えていた。一人の青年の上着の背面に記されたクロスベル警察のロゴを見、そう言えば、とヨシュアはミシェルに言われた事を思い出した。
「ミシェルさんから聞いた警察の人かな。だったら僕達が後から手を出すのは余計なお世話かも……」
「でも、ヨシュア」
走りながら、エステルは隣を走るヨシュアを見る。
「危険な目に遭いそうな人達を黙って見てるなんて……出来る?」
二人は顔を見合わせ、大胆不敵に微笑みあった。地を蹴る足により力を込め、現場へと駆けていく。そんな二人の背中を見ながらフランもフッと笑い、最奥の二体の魔獣に狙いを付けて向かう。
「エステル、ヨシュア! 君達は手前の魔獣を! 残りは私が引き受けよう!」
「分かったわ! 行くわよ、ヨシュア!」
長棍を振って四人組と魔獣の間に割り込んだエステルはヨシュアは絶妙なコンビネーションであっさりと一体の魔獣を消滅させていた。
フランは奥の二体の魔獣の目の前まで迫ると立ち止まって抜刀の構えを取り、親指で長刀の鍔を持ち上げた。魔獣達が咆哮を上げて腕を振り上げてくる。
「行くぞ――無影無響」
親指で勢い良く鍔を跳ね上げて抜刀し、フっとフランの姿がその場から掻き消え――一瞬で魔獣の背後に回り、長刀を振り切った体勢で現れる。
肉眼で捉えるのが難しい程の疾さで一閃された魔獣は腕を上げた状態のまま断末魔を上げ、消滅する。残っている魔獣がフラン目掛けて攻撃を繰り出すが、それを難なく避けると目にも止まらぬ速さで魔獣を数度斬り付けた。先ほどの魔獣と同じく消滅して霧散する。
納刀し、フランは軽く息を吐くと後ろを振り返った。
「君達、怪我は無いかね?」
「あ、俺達は大丈夫ですけど――」
「俺も大丈夫っス!」
ばん、と赤毛の青年が一歩踏み出して茶髪の青年の前に出るとフランの両手を握り込む。
「お姉さん、お名前は?」
「は? ああ、フラン・カストールだが……」
些か呆けた様子のフランが名乗るとランディは握る力をより込めてわざとらしく溜息を吐いてみせた。それは落胆や呆れの時とは違って美しい骨董や絵画に出会った時のソレに似ており。
「フランさん! いやぁ素敵な名前だ。俺はランディ・オルランドっス。以後お見知りおきを!」
「オルランド……?」
赤毛、オルランド姓。遠い昔、何処かで聞いた覚えがある。それを思い出そうとして険しい表情になってしまっていたのだろう。不思議そうなランディの声が飛んできた。
「どうしたんスか?」
「っあ、ああ……何でもない。そうだな、宜しく頼もう、ランディ」
「うっス!」
◆◆◆
「……ランディ・オルランド、か……」
ヨシュアが故障したバスの修理をしている間、フランはクォーツを狙ってやって来る魔物に備えて見張りをしていた。ぼそりと呟くと、反対側を見張っていたエステルが寄ってきてフランの傍らに立つ気配を感じてフランは頭を動かす。
「フラン姉、ランディさんがどうかしたの? あっ、まさか……」
にやりと笑ったエステルの頭を小突き、「さっさと作業に戻りたまえ」とフランは言う。はぁいと笑みの余韻を残しながらもエステルは素直に自分の持ち場へと戻っていった。
そんな様子を見つめて、フランは軽く息を吐くとぼんやりと前方を見つめた。ぼんやりとだが、決して魔獣への警戒は怠らずに。
『――団長、知ってますか?大陸西部にいる最強の猟兵団の話。《赤い星座》って言う』
『なんでも暗黒時代の《ベルセルグ》オルランドが起源らしいんですよ』
『だから今の団長……バルデル・オルランドだったかな?《闘神》の。そいつら一族はオルランド姓で、血で染めたかのような鮮烈な赤毛を持っているらしいんです』
『あと数年でその息子が戦場に出されるって噂も聞いたんですよ。……団長、そいつらと一戦やりあったりしませんかね?俺、一度でいいから《闘神》を見てみたいんですよ』
遠い昔、今は懐かしき団員達の話し合う声、からかいの含まれた笑い声が脳内で響く。
そこでフランは目を数度瞬かせ、意識を戻すと丁度クォーツに誘われて集まってきた魔獣を視認した。長刀を抜き、足を肩幅に広げて構える。
「……まあ、考え事は中断だな」
一足飛びで魔獣との距離を詰め、フランは長刀を振り上げた。
◆◆◆
『オルランド……? ああいや、何でもない。気にしないでくれたまえ』
そう言って俺好みのお姉さん――フラン・カストールと名乗った銀髪の遊撃士は言葉少なに俺から目を逸らした。
目を逸らす時のその僅かな瞬間。僅かに――本当に僅かにだが馴染みのある『匂い』を感じ取ってしまった。ヨシュアと名乗った黒髪の少年よりは薄く、けど確実に染み込んでいるその『匂い』は紛れもなく『あっち側』であり。
ふと、ある事を思い出す。
『ランドルフ隊長、知ってますか? ゼムリア大陸最凶って伝説の《アスラウグの星》の話。どういう訳か数年前に解散しちまったみてぇですけど』
『最後はまだ一四才程のガキが団長の首を討ち取って勝ったらしいんです。いやあ、おっかねえな』
『しかもそいつは馬鹿デカい槍で戦場を蹂躙しまくるらしくてね、付いた渾名が――』
「《暴食鬼》……か」
ゾクリと込み上げて来たのは強敵と出会えた時の歓喜でもなければ首を擡げるような好奇心でもなく。単純に『恐ろしい』と思う心からくる恐怖心だった。
まあ、遊撃士になってんならどういう経緯があるのかは分からんが、自らばらすなんて事はしてこないだろ。互いに地雷を踏み合う趣味はない。
「ランディさん、何やら先程からフランさんが気になってる様子ですが……」
近くを歩いているティオすけが覗き込んでくる。曖昧に俺は笑い、
「だって、強くて格好いい遊撃士のお姉さまだぜ? 好みどストラークゾーンだってのに盛り上がらない筈がねぇ!」
「はぁ……」
「フランさんに見惚れるのは構わないけど、そろそろ病院に着くんだからしゃんとしろよ?」
「あいよ」
本音を奥底に追いやって、俺はいつも通りのヘラヘラした笑みを浮かべた。