通商会議前々夜


「―――まだ起きていたのか」

帝国某所にある部屋に入室するや否やミュラーは執務机で何やら書類に目を通しているオリビエに声を掛ける。オリビエは書類を読みながら曖昧に頷いた。

「あー……うん……一応、こちらの報告に目を通しておきたいからねぇ」

そこでミュラーの視線はオリビエの右斜め後ろの壁際に控えているマゴリアに向かい。

「明日は例の通商会議だぞ。何故この時間になってもこいつをベットに放り込まん」

「オリビエ様がこの書類だけでも、と仰いまして。これ以上起きてなさるようでしたら早急に、強硬手段を取らせて頂いて就寝して頂くつもりで御座いましたが」

「どうして『早急』と『強硬手段』だけ強調するんだい?」

オリビエは振り返ってマゴリアを見るも、マゴリアは平然とした顔でその場に佇むだけであり。
ミュラーの視線が再びオリビエに戻り、書類の紙面に躍る文字に落ちる。それはとある少年少女達が纏めた『特別実習』の報告書であり。

「士官学校か……まさかお前がそこまで真面目に職務に励むとはな」

「フフ、あくまで名目上の理事でしかないけどね。あの子達も頑張っているみたいだし、このくらいはさせてもらわないと」

ミュラーは僅かに口角を緩める。
『有角の若獅子』達が今後どのように向かって行くのかは今のミュラーにもマゴリアにも、オリビエすら分からないだろう。彼らの前には無限とも呼べるべき選択肢と道がある。だから、願わくば彼らが帝国に吹く『第三の風』になると言うのなら―――

「―――しかしどうやら例の話は確かなようだな。カイエン公の手の者が密やかに手を回しているようだ」

話題を変えてミュラーが表情を引き締め、オリビエも手元の書類を机に置いて厳しい表情を作る。

「あのヒトか……そんな所じゃないかと思ったけど。規模の方は掴めているのかい?」

「いや、そちらは不明のままだ。情報局もその辺りは掴み損ねているようだな……マゴリア、どうだ?」

「はい」

サッと手帳を取り出して数度ページを捲り、該当ページを開いたマゴリア一度咳払いをした。

「私の方でも多くの情報を得る事は叶いませんでした。けれど幾つかは掴めましたので……私の推測で申し訳ございませんが」

「宜しいでしょうか」と言う意味を込めて目配せをすれば振り返ってこちらを見ていたオリビエとミュラーが頷き、「では」と前置きをするとマゴリアは淀み無く読み上げ始めた。

「近々、ノルド高原などでも目撃されている反鉄血宰相を掲げた武装集団に動きが見られました。また、今回の通商会議は各国の要人が集まる場でもありますのでより厳重な警備が望まれます。同時期に特科クラスの皆様がガレリア要塞への特別実習との事ですので、そちらも些か気がかりで御座いますが」

ガレリア要塞にはクロスベル市を範囲にした『列車砲』が配備されている。万が一要塞をその武装集団に狙われ、占拠でもされたら通商会議の開催場所でもあるクロスベルの新市庁舎などは直ぐに狙い撃たれてしまうだろう。
けれどオリビエはカラカラと笑ってみせる。

「アハハ、自業自得とは言え宰相殿も災難だねぇ。フフ、意外とボクも纏めてターゲットにするつもりかな?」

ミュラーとマゴリアがほぼ同時に眉間に皺を寄せた。

「……洒落になっていないぞ。やはり第七師団からの護衛を増員した方が良いのではないか?今から捩じ込む事も可能だろう」

「いや、それには及ばない。宰相殿なら兎も角、ボクのキャラでそれをやったら築いたイメージが台無しだろう。それに―――」

オリビエは気障っぽく前髪を掻き上げ、芝居っぽく求愛するようなポーズをする。

「ボクにはキミがいるからね!キミの腕の中で守ってもらえればそれだけで十分さっ!」

キラキラと笑顔を振りまくオリビエに背を向け、踵を返したミュラーは扉に手をかけた。

「―――さて、俺も早く寝るか」

「スミマセン、調子に乗りました」

ごほん、とマゴリアが露骨に咳払いをして注目を集める。

「……まあ。第七師団を投入するのが難しいのでしたら私の方から父上か兄上に話を通して護衛を付ける、と言うのも手ではありますが……」

「離宮やバルフレイム宮の警備をボクなんかに割くのもねぇ……それに、会議中にあのお方達の厳しい顔に見守られると言うのもなかなかに堪える。ボクの護衛官はキミだけで十分だよ」

「……そうで御座いますか」

静かに手帳を閉じて懐にしまい、マゴリアは軽く一礼すると口を閉じた。オリビエは机の上で手を組む。

「いずれにしても、明日のうちに姫殿下と話をしておきたいかな。そちらの段取りはどうだい?」

「ああ、准佐殿と連絡は取れている。明日の昼食会の後―――夕方くらいの時間になるだろう」

「そうか……フフ、一年振りくらいかな。エステル君達が残っていたら同窓会が開けたんだけど。シェラ君も忙しそうだから出張出来る余裕はなさそうだし。ああ、けれどフラン君は相変わらずクロスベルに居るんだったね。とても忙しそうにしているらしいが」

「彼女に二足の草鞋の片方を渡したのは何処の誰で御座いましたか」

じろりとオリビエの背中を見、オリビエは大仰に肩を竦めて笑う。

「ま、せいぜいボクは最先端のアーバンリゾートを満喫させてもらうとするさ。あ、キミと准佐殿の逢引を邪魔するつもりは無いから安心したまえ♪何だったら噂のテーマパークでもデートしてきたらどうだい?」

「…………」

瞬間、マゴリアの表情が僅かに強ばった。しかしそれに気づく者はなく、ミュラーは深く重い溜息を吐く出す。

「―――余計なお世話だ、阿呆。しかし、いつも以上に下らん戯言が多いようだが……まさか良からぬ事を考えているんじゃないだろうな?」

「ギクッ……ハハハ、ヤダナァ。ソンナワケナイジャナイカ」

そうしてミュラーとオリビエは少し会話をし、ミュラーは部屋を後にしようとする。扉を開けて部屋を出る直前、ミュラーは不思議そうな視線をマゴリアに投げかけた。

「……マゴリア?どうした」

「……いえ、何でも……」

緩く首を振り、「失礼します」と短く言うとマゴリアは足早にミュラーの脇を通り過ぎて部屋を出て行く。
残った二人はどうしたのかと思いながらその背を見送った。


2015/03/30



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