叶わぬならば、


五人の男女が、古びた階段を駆け下りて行く。そして広めのフロアに出た時、茶髪の青年が足を止めて振り向き、ライトブルーの髪をした少女に声を掛けた。

「どうだ……ティオ?」

少女は暫し瞑目し、眉を顰める。

「……悪い予感が的中です。時・空・幻……上位三属性が働いています。『塔』や『僧院』と同じですね」

「そう、やっぱり……」

分かってはいたが分かりたくなかった、と言いたげにパールシルバーの髪の女性が溜息を吐いた。目を瞑り、開き、表情を引き締める。

「どうやらこの先は一筋縄では行かないみたいね」

「って事は、あの得体の知れない化物どもが徘徊してるって事か。やれやれ、ぞっとしない話だぜ」

「ランディ、文句を言っていても仕方あるまい。ティオ、エリィ、三属性に対応したクォーツは持ってきているな?」

銀髪の女性は赤茶色の髪をした男性――ランディを窘め、続いてエリィとティオに問う。二人はしっかりと頷いて返した。

「当然、敵による待ち伏せもあるはずだ……みんな、気を引き締めて行こう!!」

「おおっ!」
「ええ!」
「はい……!」
「了解した!」

青年の号令の元、五人は駆け出して更に奥へと進んでいく。朽ち果てた廊下に転がる柱や破片を避けながら走っていくと、酷く空気の悪いフロアに出た。綺麗に整備された、下へ下へと続いていている深い縦穴。降りる為の階段は四方を囲む壁にくっつくようにして存在していた。ランディが前に出て、柵越しに深さを測る。

「ここからの目測だと、深さ500アージュってところか。やれやれ……こいつは骨が折れそうだぜ」

と、パーティーの後方にいるティオの表情が優れない事に気づいた。全員が彼女を見、心配そうな表情になる。

「ティオ、どうした?」

「大丈夫?真っ青な顔をしているわ」

「……問題無いです。ただ、昔いた場所のことを少し思い出してしまって……」

「昔居た場所……そうか」

「共和国の西端にあったって言う連中の拠点の事だな?」

「……はい」

ティオは弱々しく頷いたが、しっかり顔を上げると語り始めた。

「多分、この縦穴は『煉獄』に続く黄泉路を見立てて建造されたんだと思います。女神を否定する概念としての悪魔に近づき、利用するため……そして彼らに供物を捧げる『儀式』を執り行うために」

「……聞けば聞く程、下衆で最低な者共だな」

「ハッ、道理で辛気臭い匂いがするわけだ」

銀髪の女性とランディが吐き捨てる。

「――だったら、俺たちの仕事は一つだけだ」

茶髪の青年がよく通る声で言い、皆の視線がおのずと彼に集まる。

「俺たちの道を拓いてくれた人達の為にも。そして、俺たちの帰りを待っているあの子に為にも……その辛気臭い幻想を叩き壊して陽の光の下に引きずり出してやる!もう誰も、辛くて哀しい思いをしなくて済むように……!」

「……ロイドさん……」

「ったく、熱血野郎と言いたいところだが……ま、今回ばかりはそいつに一枚乗せてもらうぜ!」

「ふふ、私も乗った。敵は、全てを陰から操っていた得体の知れない蜘蛛のような存在……でも、今の私達ならきっと届く事が出来るはずよ」

「はい。絶対に……負けません!」

四人のやり取りを静観していた銀髪の女性はフ、と笑い、彼らの成長っぷりと団結力に目を細めた。最初に出会った時はお世辞にも頼りになると言えず、もしかしたら志半ばで解散してしまうのではとも思ったりもしたが、『この街に立ち塞がる壁』と正面から向き合っていく事で成長し、こうして全幅の信頼を寄せられるまでの相手になったのだなと改めて思い知らされて。

「流石だな、君達は。その団結力の高さには少々羨望を抱いてしまうよ」

「フランも特務支援課に来れば良いんじゃねえか?大歓迎だぜ、俺は」

ランディにそう言われ、ふむ、とフランは口元に手を当てて思案顔になる。

「なる程、それは名案だ。私が特務支援課に行けば毎日君とも顔を合わせられるし、なにより毎日が楽しそうで――って、馬鹿かね。そう簡単にほいほいと遊撃士から警察に転向出来る訳がないだろう」

ツッコまれ、ランディは「だよなぁ」と笑い飛ばす。対してフランは呆れたように溜息を吐いていて。光景を眺めていたロイドは一つ苦笑を零すと表情を引き締め、咳払いをした。

「よし……それじゃあ行こう。クロスベル警察・特務支援課所属、ロイド・バニングス以下四名――」

「そして、遊撃士協会・クロスベル支部所属、A級遊撃士フラン・カストール――」

ロイドとフランは同時に息を吸い、まるで予め決めていたように異口同音で言葉を紡いだ。

「「これより事件解決の為、強制潜入捜査を開始する!!」」












――闇の中で、声が聞こえた気がした。
それが聞き取れず、フランは聞き返した。
「誰だ?」と。
しかし答えは無い。ならば仕方無いと諦めかけた時、闇の中から返答があった。
フランは耳を澄ませて声を待つ。




…………ワタシヲ…………






「フラン姉!! フラン姉ってば!!」

肩を掴まれて激しく揺さぶられ、フランは薄く目を開ける。ズキリと後頭部に痛みが走って思わず片手で押さえると心配そうな表情をした少年が駆けてきてフランの傍らでしゃがみこむ。

「エステル、そんなに強く揺さぶったら駄目だよ……フランさん、大丈夫ですか?」

「な、何がかね……?」

ヨシュアとエステルは顔を見合わせ、どうしようと言いたげに眉を下げた。

「フラン姉、大丈夫?」

「さっき、魔獣の攻撃からエステルを庇って岩壁に叩きつけられたんですよ。覚えてないですか?」

ヨシュアの治療を受けながら思い返してみる。
そう言えば、猿人型の魔獣の討伐に街道に出ていたのだったか。そして遭遇し、交戦し、倒した「筈だった」。少なくとも背後から報告書に無い二体目が出てくるまではそう思っていた。そして不意打ちの一撃に真っ先に気づいた自分が狙われていたエステルを庇い、岩壁に叩き付けられたのだったか。後頭部の痛みが引いていく程に曖昧だった思考がすっきりとしてきた。

「大丈夫だ、思い出した。すると二体目は二人で倒したのかね?」

「うん。……ごめんなさい、フラン姉」

「? 何故エステルが謝る」

スカートの端をぎゅっと握り締め、エステルがくしゃりと表情を歪める。

「だって……私が油断してなきゃ気付けた筈だったもの。だから、気づいていたらフラン姉も怪我しなかったのに……」

「エステル」

ポンとエステルの頭に手を乗せ、フランは笑う。

「遊撃士の前に人間だ。誰にだってミスをしたり、時には間違ってしまう時もある。だが、命に関わるミスをしなければ多少のミスは万事どうにでもなる。今回は『それ』だ。だからそんなに君が気に病む必要は無い。今回のミスをどう次に活かせば良いのか考えれ実行すれば良いだけの話さ」

「フラン姉……」

泣き笑いのような表情を浮かべ、やがてにっこりと笑うエステル。それでいい、と頷いていると丁度ヨシュアも治療を終えた所だった。

「まだ痛みますか?」

「いいや、大丈夫だ。日が暮れない内に街に戻るとしよう」

エステルかヨシュアが放り投げ出したままだったのを回収してくれたのだろう。傍らに置かれていた長刀を背中に背負うとフランは立ち上がって歩き出した。
歩き出し、報告書にはどういう風に纏めるか等と考え始めた時には、先程見た『夢』の内容などすっかり忘れてしまっていた。


2014/06/01



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