紅耀石と銀耀石


 パコン、パコンと気持ち良く薪が叩き割られる音が秋空に響き渡る。
 ブライト家の敷地の一角で、薪割りの作業をこなしていたフランは一旦斧を薪割り台に立て掛けると近くの木に引っ掛けておいたタオルで汗を拭き、家の方に向かって声を張った。

「おっちゃーん!薪割り終わったー!」

 すると一階の窓からカシウスが顔を出し、フランの傍らに山と積まれた薪を見てうんうんと頷く。

「よし、それじゃあ薪をしまったら次は刀の稽古だ。素振りと、型の確認。怠けるなよ?」

「わーってるって」

 ショートカットの銀髪を雑に掻き乱しながらフランはぶっきらぼうに返事をする。言動と服装だけ見ればまるで少年のようだが、フランはれっきとした女子である。最近では雑な言動をするとレナに窘められてしまう為、一応気をつけてはいるのだが。しかし十年近く男しか居ない猟兵団に身を置いていたのだ、今日明日で抜けきるようなモノでもない。
 汗を拭いたタオルをまた木に引っ掛けて、フランは割った薪を抱えて薪置き場に置いていく。何度も往復して山のような薪が無くなりかけた頃、ロレントの街に繋がる道から誰かがやって来る姿を認め、フランは誰だろうと思いながらも最後の薪を置き場に積んだ。そうしてブライト家の敷地の入り口まで向かう。自分が一番お客に近いのだ、わざわざレナやカシウスを呼ぶ必要はない。取り次いでくれと言われたら呼べばいいのだ。

 フランは敷地前で律儀に立つ人物の前まで向かう。近づいて様子を伺うと、どうやらお客はシスターのようだった。どうしてシスターが此処に、とフランは疑問を抱いた。カシウスに依頼があるならロレント支部に話を通して依頼をしてからではないのか? それとも依頼ではなく、別件で何か話があるのだろうか。頬を掻きながらフランは口を開く。

「あー、ウチにお客さん? カシウスのおっちゃんに用事なら呼ぶけど」

「いや、彼に用があるのではない」

 そう言ってシスターは首を横に振った後にフランを指差し、僅かに笑ってみせた。

「私は君に用があるのだよ、フラン。いや──」

 まるで紅耀石のように輝く瞳が、細められる。

「ゼムリア大陸全土に悪名を轟かせた最凶最悪の猟兵団の団長、暴喰鬼と呼べば良いかな?」

「──へぇ、なる程ね」

 フランが目を眇め、にやりと笑う。それはまるで獲物の草食動物を目にした猛獣のようで。纏う雰囲気も剣呑なモノになる。もし手元に武器になる物があったら秒でシスターの喉元に突き付けかねない様子だ。しかしそんなフランの雰囲気を受けても尚、眼前のシスターは微笑んだままだ。
 話は長くなりそうだ。取り敢えずフランは敷地内にシスターを招き入れ、一度家に入ったフランはレナに声を掛けて来客の旨とお茶の準備を頼み、テラスに置かれた席に着いた。対面にはシスターが座る。
 ほどなくしてレナが微笑みながらお茶とお茶菓子を運んできてくれて、フランは小さく「ありがとう」と言う。にこりと笑ってレナは家へと戻っていった。
 その一連の様子を微笑ましげに見つめて、シスターは呟く。

「……良い家庭に拾われたな」

「そりゃどーも。口のうるさいおっちゃん付きだけど」

 レナが淹れてくれた紅茶に両者が口を運ぶ。何処にでも売っているような普通の茶葉を使っている筈だが、どうしてこうも飲むと暖かで優しい気持ちになるのだろうか。きっとフランが同じように淹れたとしても、同じ気持ちにはならないだろう。
 フランが紅茶を飲んでいると、先にカップを置いたシスターが口を開く。

「そう言えば名乗っていなかったな。私はシスター・アインと言う。七耀教会のしがない一シスターだ」

「……嘘付け、アンタみたいな気配のヤツが只のシスターなワケあるもんか」

 フランもカップを置き、べーっと舌を出す。その子供じみた行動が面白かったのか、シスター・アインは小さく吹き出した。
 ややあって笑うのを止めたアインはふと表情を引き締め、机の上で両手を組んだ。そしてとびきり目を引くその紅い瞳で真っ直ぐにフランを見つめる。

「ならば改めて名乗ろうか。私は星杯騎士団・守護騎士第一位のアイン・セルナートと言う」

「……やっぱり、守護騎士だったか」

 机に頬杖を付き、分かってましたと言わんばかりにフランはもう一方の手をヒラヒラとさせる。しかし流石に第一位──守護騎士の総長が直々に来るのは予想外だった。もし『アレ』の件で守護騎士が出張ってくるのなら別の人物だと考えていたのに。

「分かっていたのなら話が早い。私は君の所有する『古代遺物』に用がある。理由は分かるな?」

「……『コレ』だろ?」

 フランが虚空に手を翳す。次に瞬きをした瞬間、何も掴んでなかった筈の手には真白の騎兵槍が握られていた。
 柄の長さは五十リジュ程、槍頭は二アージュ程だろうか。槍頭は円錐型で、その円錐を捻ったようなデザインをしている。見た目だけ見れば大の男が三人居てやっと持ち上げられそうな重さをしているが、それをフランは片手で悠々と持ち上げている。見た目の重さと実際の重量は伴っていないのだろう。

「正式名称・聖槍ゲイルスケグル。ヒトの精神や心に作用をもたらすアーティファクトの中では珍しく攻撃系の物だ。一つの戦場を一瞬で焦土に変える事が出来る程の破壊力を持つ、ある種危険な代物でもある」

「ふーん、そんな名前だったんだ」

 潜入した遺跡の奥深くに安置されていた台座に『EMETH』と『METH』と刻まれていたから適当に『エメス=メス』と呼んでいたが、そんな仰々しい名前があったとは。槍をまた虚空へ消しながらフランは気の抜けた様な返事をする。

「一振りすれば戦場を人諸共焼き焦がし、二振りすれば山を割り、三振りすれば海をも割ると言われている。そして何よりも、生きているアーティファクトは回収しなければいけない決まりがある。しかし──」

 アインが言いよどむ。彼女が言わんとする事を察知したフランが、彼女が二の句を紡ぐより先に口を開いた。

「コレは契約制。槍が使い手を選んで、使い手と契約する事でやっと槍として振るう事が出来る。で、契約を切るには契約者が死ぬしかない」

「そうだ。そこで一つ、提案がある」

 アインが人差し指を立てる。まさか教会の所属になれなんて言い出さないだろうなと内心で思いながら、フランは彼女の言葉を待つ。

「槍に『封印』を施す。君も知っているだろうが、その槍はどんな遠くにおいても、厳重に保管しても、君が呼べばその手に召喚される。だから特殊な術を使って槍を封じ込める。そうすれば君が生きている間はもう二度と使われないだろう」

 フランが露骨に苦い顔をする。フッとアインが笑い、紅茶を一口啜ってから言葉を続ける。

「本来ならば君の過去の行いは『外法』に認定されていてもおかしくないんだぞ? それを槍の封印だけで見逃そうとしているんだ、最大の譲歩だと思ってくれ」

「……確かに、あの槍は少し振るうだけでとんでもない人数を殺す事が出来る。すごい、危ない兵器だ」

 カップを両手で握り締め、琥珀色の水面を見つめながらポツリポツリと呟く。

「だから私は遊撃士になるって決めた時、槍を手放して別の得物を持つ事に決めたんだ。アレを持ったままじゃ、守るべきモノも全部壊しちゃうから」

「……だったら、何故槍の封印を拒む?」

 探るようなアインの声に、フランはきっぱりと答える。

「善い心で振るえば、あの槍だって『護る為の力』として振るえるんじゃないかって考えてるから」

 アインが僅かに目を見開く。それに気づかないまま、フランは続ける。

「今はまだ、その時じゃない。護りたいモノだってはっきりしてない。もっと鍛錬して、遊撃士としての経験も積んで、精神的に成長すれば……きっと、あの強大な力を『何か』を護る力に変える事が出来るかも知れない」

 「だから、」とフランは続け、顔を上げてアインの目を真っ直ぐに見つめた。

「私があの槍を振るうに値する善き人になるまでは、封印しててほしい。けどこの先何か『護りたいモノ』が出来て、それを護る時は、少しだけ力を貸してほしいんだ」

「……限定的な封印、か……」

 顎に手を当て、アインは考え込む素振りを見せる。思案するアインをじっと見つめながら、フランは持っているカップに力を込める。

「──良いだろう」

 数秒か、数分か。息を忘れる程にじっと固唾を飲んでいたフランがほう、と息を吐いた。

「しかし、先に言った通り限定的な封印は施させて貰う。私か、カシウス殿から見て『振るうに値する人間』となった時には解除しよう」

「そうか。ありがとう、シスター・アイン」

 頭を下げ、きちんと礼を言う。
 暴虐非道、残忍酷薄な人物だと報告では聞いていたが、どうやら彼の『剣聖』に拾われ、育てられた事は彼女にとって良い方向へ作用したらしい。
 静かに笑い、アインはカップに口づけた。

――――――


 クロスベル郊外、守護騎士第五位の所有する『メルカバ』の甲板にて。貸し出された通信機に耳を当てながら、フランは何とも言えない微妙な表情で『彼女』に報告をする。

「──ああ、なんというか、まあ、そういう経緯と事情で槍はカシウスのおっちゃんから一時的に借り受けている。事後報告になって済まないが、一応貴方にも伝えておくべきだと思ってな、うん」

 歯切れの悪い言い方。落ち着かないようにそわそわとしながら話すのはある意味フランらしくない様子だった。それだけ通信機の向こうに居る彼女の反応が恐ろしいのだろう。
 暫しの沈黙。息を飲んでフランが返答を待っていると、向こうの彼女は実にあっけらかんと答えた。

『カシウス殿が許可したのならば私が怒る理由など無いだろう。せいぜい気をつけて使え、と言う位か』

「そこは当たり前だ、弁えて槍は使う。悪用などしないさ」

通信機の向こうの彼女──アイン・セルナートがくつくつと笑う。
 彼女と話しているとまるで昔の子供の頃に戻ってしまったみたいだとフランがバツの悪そうな顔をしていると、不意にアインが名を呼んでくる。

『フラン』

「なんだい?」

『護りたいモノは、見つかったか?』

 一瞬、フランが黙り込む。そして結界に包まれているクロスベル市内を見やり、柔らかな声音で呟いた。

「──ああ、見つかったさ。掛け替えのない、大切な人達が」


2018/06/23



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