ドラマツルギー
「お前って全然笑わねぇよな」
何気なく呟かれたその一言に、扉の前で「休め」の姿勢をしていたバレンシアは閉じていた瞼を持ち上げて眼の前の人物を見つめた。
無機質な灰の瞳の中で、クロウがニッと笑って見せる。
「ほら、こうやって笑うんだよ」
「…………」
至極面倒くさそうな顔を一瞬浮かべたバレンシアだが、軽く小首を傾げ――ニコッと笑顔を浮かべて見せる。百点満点の微笑。人が好きそうな、そして万人に受けそうな笑顔。これで文句あるまい。
しかしクロウは肩を竦めるとこれ見よがしに息を吐いて。
「そうじゃねーんだよな。もっとこう……心の底からの笑顔を俺は求めてるんだよ」
分かるか? と手振りを交えながら言われたところで分かる筈もなく。
心の底からの笑顔? 分かるのは、それがバレンシアにとって最も不要なモノだということだけだ。円滑に人間関係を築く上で喜怒哀楽という「感情」が必須だというのは知っているし、だからこそ人前――Z組の一員として活動している時は知っているような素振りで笑い、楽しみ、時には泣いてみた。
けど此処は――この《貴族連合旗艦・パンタグリュエル》においてのバレンシアの役割は、アルフィンの護衛と監視だ。眼の前の男に構う義務などない。
表情を消し、淡々とバレンシアが告げる。
「……用はそれだけ? なら此処にあんまり居ない方が良いと思うけど。後ろはアルフィン様がいらっしゃる部屋なんだから」
「なんだよ、折角恋人が来てやったってのに」
「全部『フェイク』なんじゃなかった?」
静かに、確かな事実を告げる声音にクロウは一瞬虚を衝かれたように目を瞬かせ、降参だと言わんばかりにひらりと片手を振る。
「……ま、そうだったな。だったらもう一度告白してやろうか? お望みのシチュエーションでやってやるぞ」
「別に。望んでない」
素気なく断る。
何故、こうもクロウは自分に構ってくるのか。考えどもバレンシアの中で答えは出ない。『クロウ・アームブラスト』という名の役割から降りて次の舞台に上がったのなら、もう『普遍的な彼女持ちの男』を演じる必要はない。
バレンシアだってそうだ。もう演じる必要が無いから――《皇宮護衛官》としての務めを果たすだけだから、被っていた仮面を外した。
仮面を外した自分が如何に無味無臭な人間かなんて、それはバレンシアが自身が一番分かっている。人を殺すためだけに育てられ、感情を排斥させられた機械。ヒトのフリをした怪物。それを愛すると言うのなら、道端の草花や通り過ぎる猫にでも愛を囁いた方が幾分かマシだろうに。
「馬鹿みたい。わたしなんかに構うなんて」
「俺の時間をどう使おうが俺の自由だろ?」
「はぁ……」
ああ言えばこう言う。敵意を向けて来ない分対処はし易いが、それでも面倒くさいという気持ちは拭えない。何故自分に構うのかという疑問も。
「じゃあ、好きにしてれば」
再び護衛をする姿勢になる。要するに「勝手に一人で喋ってろ」ということだ。
「おう、勝手にするわ」
それでもクロウは楽しそうに表情を緩めるから。
心の無い怪物は、不理解の生物を一瞥するのだ。