フェーダの傘
しまったな、と列車を降りたクロウは髪をくしゃくしゃと掻きながら空を見上げた。見上げる先の空はどんよりと黒い雲が垂れ込んでおり、その下から落ちる雨も結構な勢いであちこちの地面や店のテントを叩いて自己主張をしている。走って家に帰っても良いが着く頃にはびしょ濡れの鴉になっているだろう。はあ、と一つため息。
朝、ラジオで聞いた時は雨が降るとしても夜遅く、夕方は多少パラつく程度だと言っていた。帰りは夕方頃だし、少し程度なら走ればそんなに濡れず帰れるだろう――と高を括っていたがどうやら予報は外れたらしい。なにが多少だよ、と外の黒い雲を見て悪態を吐く。
少し待ってみて雨の勢いが落ち着くのなら、そのまま走って帰ろう。変わらないのならばバレンシアに連絡して傘を持ってきて貰おうか。などと思案しながらクロウは改札を通って入った駅の適当な壁に寄りかかった。ここで今日やった仕事の振り返りや明日のことをこなしていれば多少は時間も潰れる。
ポチポチとARCUSでメールで連絡。ポチポチ。連絡。確認。連絡。それを数度した頃だろうか。遠くで水たまりを踏んだ音がしてクロウはARCUSから顔を上げる。駅の入口から外を覗いて見たら小さな子供が赤いカッパを着て、その背丈には些か不釣り合いなほど大きく黒い傘を一生懸命に抱えながらやって来ているではないか。その姿を認めたクロウは懐にARCUSをしまうと子供のところへ走り寄る。
「――コルニクス!」
「おとーさん」
雨の中飛び出し、駆け寄った愛し子に触れる。雨の中頑張ってやって来たのただろう、体温下がった少しひんやりとした温度がクロウの手に伝わる。
「こんなに冷てぇじゃねぇか」
「うん」
カッパの袖から見える手を掴み、駅の構内へとコルニクスを連れて行く。カッパのフードを外そうとし、クロウは僅かに笑んだ。
少しくせのある銀灰色の髪、宝石を燃やして生まれた濁りのない灰の瞳。血を分けた子が自身の色と愛しい人の色を綺麗に一つづつ受け継いだのは嬉しかった。
そしてなにより、コルニクスが身につけている赤いカッパ。愛しい者の好きな色を自身の娘が纏うととても可愛く見えるのだ。きっと世界一可愛いんじゃないかと思う。そうリィンに話したら「クロウも親バカになったな」と苦笑いされてしまったが。こちらが親バカならリィンはシスコンだ。
そんなことを考えながらコルニクスのカッパを脱がせていく。彼女を近くの椅子に座らせたクロウはカッパを持ったまま近くの自販機でジュースを買って戻ってくる。コルニクスの隣に座り、りんごジュースの缶を手渡す。コルニクスは受け取ろうと手を伸ばしたが何かを考えたのか、そろりと手を伸ばしただけですぐ膝の上でキュッと握りこぶしを作ってしまった。とりあえずジュースは傍らに置く。
缶コーヒーのプルタブを開けたクロウが顔を覗き込む。
「飲まないのか? コル」
「……ん」
曖昧な返事。よく喋るバレンシアやクロウと比べて子供のコルニクスはあまり積極的に話そうとはしない子だった。大人しく、寡黙。それでも喜怒哀楽ははっきりしているので笑う時には笑うが。
コルニクスはチラチラとクロウを見、何度か口をもごもごさせた後に小さくつぶやく。
「……おとーさん、おこってる?」
「……へ?」
怒ってるとは、何を指しているのだろうか。考えるクロウをよそにコルニクスはポツリポツリと続ける。
「だって、かってに来ちゃったから。おとーさんのおむかえ」
「バレンシアには言ってあんのか?」
首を振る。
「おとーさん今日かえって来るっておかーさん言ってて。でも雨ふってきちゃって、おとーさんの傘があったから、あのね、」
「わーかった分かった!」
わしわしとコルニクスの頭を撫でる。ふわふわとした髪を撫でるのは心地良い。
コルニクスが不安げに見上げてきた。
「お母さんに何も言わずに出てきたのは不味かったな。もし急にコルが居なくなったらお母さんはどうなる?」
「……探しちゃう」
「正解だ。だから帰ったらちゃんと謝れよー。……だけど、」
ひょい、とコルニクスを抱えると膝上に座らさせる。
「雨の中、俺の傘を持ってきてくれたのは嬉しかったぜ。サンキューな、コル」
「……」
コルニクスは目を数度ぱちぱちさせ、
「うんっ!」
花が咲くような笑みを浮かべた。
その帰り道。くたくたになって眠くなってしまったコルニクスを抱き上げ、持ってきて貰った傘をさしてクロウは帰路を歩く。時折幸せそうに眠る愛娘の寝顔を見、頬を綻ばせながら思うのだ。
きっと明日は、晴れるだろう。