《C》との邂逅
人気の失せた真夜中のガレリア峡谷を歩く姿がある。ともすれば闇に溶け込んでしまいかねないほどの黒衣を纏っているが、唯一色を持つその銀髪が彼女の存在を主張していた。歩く度、月の光を受けて銀糸が揺れている。
半ばまで来た頃、その人──蛇の使徒・八柱《神判者》ことフラン・ランチェスターは懐から手紙を取り出し、文面に目を落とした。そこには流麗な字で指定の日時に、ガレリア峡谷のこのポイントへ来たしという内容で。
問題は差出人だ。僅かにフランは目を細め、送り主の名を読み上げる。
「新生帝国解放戦線《C》……また随分と因果のある名を選んだものだな。なあ──」
発生させた魔力の炎で手紙を焼き、風に流されてく灰を見送りながら、フランはその名を呼ぶ。
「ルーファス・アルバレア卿」
「手紙には、名を書いていない筈だが?」
ガサリ、とフランの背後の草木が揺れ、ゆっくりと人影が歩み寄る。その姿は黒衣のフランと同じように黒く、そして全てを隠すかのようにフルフェイスのマスクをしている。辛うじて体格から男と察せられる彼こそが《C》だろうか。声も変声機を通す徹底ぶりだ。
振り向かず、手についた灰を叩き落としながらフランは言う。
「多少筆跡は変えていたようだが、見覚えがあった。そして今確信しただけだ。歩き方、変声機越しの声のトーン……記憶にあるアルバレア卿と同じだとな」
「フフ、流石に貴方の目は誤魔化せなかったか。使徒殿」
マスクに手を添え、外す。現れたのはやはり──《鉄血の子供たち》の《翡翠の城将》であり、元クロスベル総督であり、現在収監中である筈のルーファス・アルバレアその人で。
ばっさりと肩ほどまでに切った金の髪を揺らし、ルーファスは笑う。
フランが腕を組む。
「要件は何だ」
「それでは、単刀直入に言おう。──私と手を組んでほしい」
その言葉を聞いた瞬間、ざわり、とフランの纏う雰囲気が変わった。炉に焚べた火のように、殺気が膨れ上がる。
ゆっくりとフランが振り向き、ルーファスと向き直る。
「私が、貴様に手を貸すと? 行なった所業を振り返ってみろ。私は忘れないぞ、貴様はクロスベルに何をした?」
殺気は留まることを知らず、どんどんと膨れ上がっていく。常人なら受けただけで気絶しそうな程の殺気を受けて尚、ルーファスは涼しい顔をしていて。
フランが虚空に手を翳し、出現した槍──アーティファクト《神槍ゲイルスケグル》を掴み、その場に突き刺す。
《外の理》の力をその身に入れ、ヒトとしての枷を外し、ヒトとして生きていた証を捨てても尚、フランが唯一捨てられなかったモノ──クロスベルと『彼』。それを脅かされるのを嫌うことが今の彼女に残された、たった一つの人間性。
それを、
だから、手を組めなどと言われても乗る筈がない。それは向こうだって承知の上だろう。現に肩を竦めている。
「無論、報酬は用意しよう……と言っても、断るのは重々承知だ。だから、こう言い換えよう」
ス、とルーファスの瞳が僅かに細められる。
「総統を倒す間、共同戦線を張らないだろうか? 流石の貴方も、一人で成し遂げるのは難しいはずだろう」
「…………」
槍に手をかけたまま、暫しルーファスを見つめる。そうして小さく息を吐いた後、フランは槍から手を離して虚空へと槍を消した。
腕を組み、一度瞑目したフランは睨むようにルーファスへ視線を向ける。
「……あくまで共同戦線だ。私は《君》の仲間でもないし、手下でもない。作戦に手を貸してやるが、私は私で行動もする。それで良いか?」
「ああ、十分だとも。それでは短い間だろうが、宜しく頼むよ、カストール殿」
「ランチェスター、だ」
「ああ、これは失礼した。ランチェスター殿」
手を差し出す。しかし握手は交わしてもらえず、おやおやと困ったようにルーファスは笑う。
──こうして、ここに《元総督》と《使徒》の共同戦線は締結された。