月陰り


 長刀が閃く。一閃されたそれは今にも警備隊員に襲いかかりそうだった魔物数体の体を斬り、霧散させていく。
 それを見送る暇もなくフランは強く地面を蹴って跳び、大型の魔物を大きく袈裟斬りにする。刀を振った反動を利用して背後に迫っていた鏡を模した魔物を斬り伏せ、その間に迫っていた魔物を蹴り飛ばして遠くに飛ばす。
 息をつく暇もない連戦。少しの油断も出来ない激戦。普段の彼女なら何てことない戦いだが、今日に限っては違っていた。
 少し動いただけで息が乱れ、大粒の汗が額を伝う。振るう長刀は振る度に重くなっているような気がするし、そもそも体に鉛が括り付けられているような気させもしてくる。一度長刀を地面に突き刺したフランは苦しそうに顔を顰め──ズグンと傷んだ脇腹を押さえた。
 《月の僧院》まで撤退する際、逃げる警備隊員を狙う《宵闇の歌姫》の攻撃を己の体で受け止めた。上手く攻撃を逸らしたつもりだったが、予想以上に《歌姫》の攻撃は重く、鋭く、脇腹に穴が開いてしまったのだ。
 自分の代わりに攻撃を受けさせてしまった、と青ざめるその隊員と周囲の隊員達に運ばれて《月の僧院》で手当を受けたが、元より物資は少なく、そうしている間にも前線で戦う隊員達が負傷して下がってくる。「私は大丈夫だから他の者を優先に」と伝え、アーツと応急処置だけ済ませてフランはこうして前線に戻ってきていた。仮眠を取る時以外は常に長刀を振っている。
 たまに行う処置でだましだましでなんとか持ちこたえて来たが、流石にそろそろ限界が近そうだと感じる。ただ皮膚で塞ぐだけの穴は動けばすぐに開いてしまうし、血は流れて失う一方だ。
 ──だけど。
 ダン、と力強く地を踏む。突き刺していた長刀を抜き、今一度構える。
 ──私は遊撃士だ。人々を守るのが仕事だ。今は劣勢でも、必ずランディが、ロイド達が駆けつけてくれる筈だ。
 そう信じてフランは駆け出し、目の前に迫った魔物の群れを一閃した。次々に出現し、襲いかかってくるそれらを斬り伏せていく。

 数十斬り伏せたか、それとも百を超えたか。誰かがフランの名を呼んだような、気がした。
 警備隊員かもしれないが、上手く聞こえない。ひょっとしたら空耳かも知れない。目も少し霞んできた。
 しかし。
 もう一度、自分の名を呼ぶ声がする。今度ははっきりと聞き取れた。

「──フラン!!」

「……ハハ」

 笑みが溢れる。これはきっとやっと会えたことによる安堵の笑みだろう。斬り伏せた魔物の向こう、そこに最も会いたいと願う人物達が、各々得物を持ってこちらに駆けてきている姿が見えて。
 これなら《宵闇の歌姫》も倒せるだろう──そう安心した瞬間気を張っていた体から力が抜け、フランはふらりと倒れそうになる。
 それを、横合いからがしりと支える手があった。

「おい、大丈夫か!?」

「ははっ……君の顔を見たら安心したというか……力が抜けてしまってな……」

「その、フランさん、他の人を庇って攻撃を受け止めて腹部に穴が開いているんです……!」

「はあっ!?」

 近くに居た隊員の声にランディは素っ頓狂な声を上げる。そうしている間にもフランはランディに支えられたままずるずると滑り落ちて行き、膝を折ったランディはフランを抱き抱えるような姿勢になる。
 確かに、顔は青ざめているし、痛そうに押さえている脇腹からはじわりと血が滲んでいる。痛みは相当なものだった筈だ。

「どうしてここまで無茶したんだよ……!」

「……遊撃士として、人を守ったまでだ。それに……君やロイドが、必ず駆けつけてくれると信じていた……からな……」

 がしり、と空いている手でランディの腕を掴む。

「イリアは……《宵闇の歌姫》は《僧院》の頂上だ……すまない、後は……、っぐ」

「分かった! 分かったからもう喋るんじゃねぇ!」

 駆けつけたロイド達の慌てる声を聞きながら、フランは目を閉じる。
 彼らなら必ず彼女を解放してくれる。そう信じて。


────



 次にフランの意識が覚醒した時、真っ先に感じたのは規則正しく鳴る機械音と薬品の臭いだった。体の痛みは大分軽くなっていて。此処はウルスラ大学病院だろうか。
 ゆっくりと瞼を上げる。少し視線を動かせば、何やら思いつめた表情をしているランディがベッド脇に座っていて。

「……ラン、ディ」

 名を呼ぶ。弾かれたようにフランの方を見たランディは泣き出しそうなほどくしゃりと顔を歪め、片手て目元を隠すと大きく息を吐いた。

「……マジで死んじまうかと思ったんだぞ」

「はは、それは済まないことをしたな」

 手を握られる。自分より幾分か大きくて骨ばっているその手は、少し震えている気がして。

「俺はまた、手の届く場所に居た筈の奴を守れず、間に合わねぇのかと思ったんだぞ」

 心の奥底に溜まった澱を吐き出すかのような独白。彼の脳裏にはかつての友や、蹂躙されたクロスベルが映っているのかも知れない。
 傷が開かないように慎重に上体を起こしたフランは、ランディを抱きしめる。

「だが、私は此処に居る。ちゃんと生きている」

「……ああ」

 抱き締め返され、首筋に顔を埋められる。ランディの赤髪が肌を掠め、少しくすぐったい。

「私はずっと君の側に居るよ、ランディ」

 静かに呟く。返事の代わりに強く抱き締められて。


2021/01/11



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