英霊召喚


「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

地下室に敷いた魔法陣に手を翳しながら詠唱をしていくと、にわかに魔法陣が発光し始める。よし、出だしは上々。だけど此処で気を緩めたら召喚はパァだ。故に依然と気を引き締め、魔術回路に走る激痛を堪えながら更に詠唱を続ける。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

ゴウ、と閃光と暴風が狭い地下室に溢れかえる。
文句無し、最っ高の手応え!!わたしに合った最良のサーヴァントを引き当てたって自負しても良い。閃光に眩んだ視力が戻るのが兎に角もどかしい!
そうして、ややあってわたしの視力が戻ってきた。わたしの目の前、魔法陣の中心に立っていたのは―――

「女の、人……?」

ごく薄い緑の長い髪、目元は目隠しに覆われて見えないけど、顔立ちからわたしより少し年上のお姉さんのように見える。赤系統で固めた礼装はまるで魔術師の様で。
ぽかんと見ていると女性……いや、わたしのサーヴァントがわたしを見るような仕草をした。目が見えないので何となく見られた、って気配しか感じないんだけど。

「問いましょう、貴方が私を喚びしマスターですか?」

「っは……」

嬉しいのか、きちんと召喚出来た事に安堵したのか、遠い故郷にいる御祖父様や親戚達に呆れられないと分かってほっとしてるのか、兎に角よく分からない溜息が漏れた。そのままへたり込みそうになる体をしゃんとさせてサーヴァントと向き直る。

「ええ、わたしが貴方を召喚したマスターで合ってる。貴方はどこのクラスのサーヴァント?」

「魔術師のクラス―――キャスターです」

「キャスターか……」

第一印象そのまま、やっぱり『魔術師』のサーヴァントだったらしい。
キャスター、聖杯戦争で呼ばれるクラスではあまり強くない部類のクラス。『三騎士』と言われるセイバー・ランサー・アーチャーが特に高い対魔力のスキルを持っているからだ。けれど、キャスターはキャスターなりに他のサーヴァント達と互角に戦う術を持つと聞く。キャスターとわたしを繋ぐ魔力パスを意識しながら瞑目すると、脳内にキャスターのステータスが反映された。そこに現れたキャスターのパラメーター・固有スキル・クラススキルと言った基本的なステータスを見、当面の方針を幾つか考える。
まずはこの冷泉院邸をキャスターの『陣地』として工房を形成、魔力を感知した他のマスターとサーヴァントが来るのを迎撃していく……形成した陣地内では『三騎士』と対等に渡り合える性質を利用した、我ながら上出来の作戦だ。ならば早速キャスターには陣地を作って貰おう、と口を開きかけた所で止まった。

「キャスター?どうしたの?」

わたしの頭上……いや、その向こうの地上を見上げながらキャスターが警戒した様子で呟く。

「此処の立地は坂の天辺でしょうか?」

「え?ああ、うん。すっごく長い坂の、一番上」

深山町の和式の建物が立ち並ぶ坂の天辺、そこにわたしが居候する冷泉院邸がある。
では、と重ねてキャスターが質問してくる。

「この下には他の家がありますか?」

「ある、結構な数が」

それがどうしたんだろう。そう思っているとキャスターは歩き出し、わたしの腕を取り、呆気に取られているわたしを担ぎ上げ、地上へと繋がる階段を一足飛びに駆け上っていく。

「ちょっ、キャスター!?」

わたしを担いだ状態であっという間に長い階段を上りきったキャスターは板張りの廊下を疾駆していく。さっきステータスを見た時に「キャスターにしてはやけに魔力以外のステータスも高いなあ」って思ったけど、まさかこれほどなんて誰が予測出来たか。クラスを間違えていませんかね。

「申し訳ありません、マスター。説明が疎かになってしまいましたね。
この坂のやや下から、巨大な魔力を二つ……いや、迫って来るのを含めて三つ感じます。これは……下にいるのがセイバーとランサー、接近してくるのがアーチャーですね。私達が到着するのよりも僅かに早く、アーチャーがたどり着くかと」

「す、凄い……」

優れた魔力感知能力は流石キャスターと言うべきか。
ん?と言う事は―――

「……今、わたし達が下に向かっているのは」

「敵サーヴァント、及びマスターの確認。あわよくば交戦の為ですが」

「わたしの計画がーーーーーーーーーー!!!!!」

破綻したぞーーーーーーーーーーーーーー!!!!
なんて嘆いてるうちにもどんどんキャスターは屋敷の壁を飛び越え、坂を下っていく。そうしてある程度の所まで来た所でわたしを下ろし、前方の様子を伺い始めた。

「……あそこの邸宅からですね」

キャスターが指し示す純和風の邸宅。そこは酷く見慣れた、大事な幼馴染が住む―――

「士郎の家……!?」

「お知り合いですか?」

「大事な幼馴染なの!ど、どうしよう……!」

理由は分からないが、士郎の家に三体のサーヴァントが襲来している。キャスターに縋り付いて狼狽えていると、キャスターはわたしの体を後方にぐいと押し、反対の手で前方に何かを突き出した。途端、金属同士がぶつかったかのような甲高い音がする。

「っな、何!?」

「感づかれましたか……!マスター、下がってください!私は迎撃を―――」

指の間に挟んで突き出した紙で剣戟を防いでるキャスター。何だろう、あれは護符か、なんて考えながら言われた通り後退する。けれどキャスターに攻撃する意思は感じられない、どうしてだろうと思っているとキャスターが何か呟いた気がした。けれどここからでは生憎聞き取れない。

「ちょっと、アーチャー!敵襲って一体何処のマス、って」

キャスターが対峙しているのは赤い外套の男の人、いや、サーヴァントか。しかし、どうしてだろう。その向こうから聞き覚えのある女生徒の声が聞こえてきたのは。

「れ、冷泉院さん!?」

「遠坂さん……!?」

我が穂群原学園が誇る優等生、遠坂凛がアーチャーと呼んだ赤い外套の人の向こうから姿を現し、わたしを見て驚く。わたしもまさかこんな場所に遠坂さんがいるなんて考えてもみなかったものだからさぞ間抜けた表情をしてるに違いない。

「何だよ遠坂、急に……え、桐茴!?」

「士郎ーーー!!!」

一旦距離を置いて睨み合っているキャスターとアーチャーの脇を走り抜けて士郎に駆け寄り―――その直前で横合いから制止の手が出てきてわたしは立ち止まった。
士郎の前に立ちふさがったのは青い服と甲冑に身を包んだ小柄な女の子。いや、まさか、そんな……。

「我がマスターに近づかないで頂きたい、キャスターのマスターよ」

敵意を持ってわたしを睨みつけてくるサーヴァントの少女の言葉に目の前が暗くなりかける。
認めたくなかった。士郎が―――聖杯戦争に選ばれたマスターの一人だなんて。唖然としていると遠坂さんがアーチャーに命令を下す。

「取り敢えず―――武装解除しなさい、アーチャー」

「あっ、キャスターも!それ仕舞って!!」

命令に従い、二人のサーヴァントが臨戦態勢を解く。更に二人とも霊体化させる。
この状況をどうするんだ、と遠坂さんをチラリと見てみれば彼女は口元に手を当てて何やら考え込んでいた。そしてポン、と手を打つ。

「衛宮くんにも冷泉院さんにも状況説明と把握が必要、か……衛宮くん、お家、借りるわよ?」

「え―――待て遠坂、何考えてんだお前……!」

ずんずんと衛宮邸の門へと向かっていく遠坂さんに士郎が制止を掛けると、遠坂さんはくるりと振り向いて、

「バカね、色々と考えてるわよ。だから話をしようって言ってるんじゃない。衛宮くん、突然の事態に驚くのもいいけど、素直に認めないと命取りって時もあるのよ。因みに今がその時だと分かって?」

じろ、と士郎を睨む。それで言葉を噤んだ士郎を見て満足したのか、遠坂さんはにっこり笑う。

「分かればよろしい。それじゃ行こっか、衛宮くんのお家にね。冷泉院さんもそこに立ってないで入りましょ?」

「え、あ、うん……」

学校では到底拝める事が無かったであろう有無を言わせない迫力。根負けしながらもわたしは曖昧に頷いて士郎を見やった。

「えっと、士郎?一緒に行こ?」

「ああ、そうだな……」

どこかぐったりした様子の士郎と、寡黙を貫き通す士郎のセイバーと共に衛宮邸の門を潜った。

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