その再会は


教室に入ってきた『短期留学生』という転校生を見てまずわたしは目を疑った。彼女は教卓の隣までやって来るとビシッと背筋を伸ばしてニコリと笑うと澱みなく挨拶を始める。それだけ見れば人の良さそうな人だと印象を受けるが騙されたら駄目だ。あいつはあかいあくまだ。内心ブルブルとしながらも大人しくしていると、あろう事かばちっと視線が合ってしまった。まずい。サッと窓の方に視線を動かす。

「……それでは皆様、短い間ですが宜しくお願いします」

ひしひしと感じる『お前あとで覚えてろ』オーラは気のせいだと信じたい。


――――――




「はぁ……忘れてたわ。あんたが居た事」

「呼び出して早々に酷いね!?」

放課後になった途端、校舎裏に桐茴を呼び出しての開口一番に流石に突っ込まざるを得なかった。呼び出した当人―――遠坂凛はバツの悪そうに髪を掻くと息を吐く。

「ま、丁度良いと言えば丁度良いか……。ルヴィアの奴への対策にもなるし……一人でも卓越した魔術師がいればカードも……」

ボソボソと独りごちる凛は暫くして「よし!」と頷くと桐茴に視線を向ける。

「桐茴、私がロンドンの時計塔に留学したのは知ってるわよね?」

「え?あ、うん。中学卒業してすぐにロンドンに渡ったよね」

そして凛は語りだした。
渡英した先の時計塔でどんな事があったのか。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと言う女生徒との間の確執や因縁を。ついでにどれほどルヴィアはいけ好かない奴なのかを事細かく説明をしたり。そして、そこで『魔道元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから提示された弟子入りの条件である『冬木市に散らばった七枚のカードの回収』を仰せつかった事。その任務の為今は冬木市に戻ってきている事を。
そして凛は切り出した。この話題を桐茴にした最大の理由を。この内容に彼女が乗ってくれる事に期待しながら。

「私に力を貸して頂戴、桐茴」

「やだ」

「ありがと―――って、ええっ!?あ、アンタ今なんて!?」

当然受けてくれるだろうと持っていたのに桐茴の口から出たのは間髪を容れない拒否の言葉。驚く凛を他所に桐茴は淡々と繰り返す。

「だから、やだ。だってそれってルヴィアと凛の問題でしょ?そこにわたしが手伝う理由も価値も無いもん。カードなんてさっさと集めちゃえば―――」

「本当に、そう思ってる訳?」

感情の一切を取り払った凛の声に、桐茴はじっと正面から彼女を見据える。映るのは一寸前までそこに居た『幼馴染の遠坂凛』ではない。冷静に、時に冷酷に物事を処断していく『冬木を管理する魔術師一族の現当主・遠坂凛』だった。
冷たい青の目で射抜かれ、負けじと桐茴は睨めつける。

「……本当にそう思ってるから言ってるの。そもそもわたしは『第四次聖杯戦争』が起きなかった時点で魔術師としての役割が終わってるんだよ?確かに、将来的に子孫に継ぐ為にって魔術回路の鍛錬は欠かしてないけど、それでもわたしの『戦う為の魔術師』の役割はもう終わってるの。わたしは平穏に生きたい、平和に暮らしたい、『冷泉院桐茴』として、只の一個人として魔術とは無関係の世界で生きていきたいの!!だからわたしを……もう魔術の世界に引き込ませないでよ!!」

それは心からの叫び。感情全てをぶつけるような慟哭。肩で息をする桐茴を平然と見つめながら凛は重苦しく口を開いた。

「……そう。桐茴はカードのせいで地脈が乱れ、冬木に異常が出ても知らんぷりするって訳ね」

「っ、そんな、言い方……!」

「そのせいで貴方の大事な人達が傷ついても無視を決め込むのよね」

「凛……!!」

柔らかな笑顔を浮かべて自身の名を呼ぶ幼馴染の少年の姿が咄嗟に脳裏に浮かぶ。何よりも大事で、掛け替えのない存在の彼。その存在が自分の前で失われたら、遠くに行ってしまったら。そう思うと、
桐茴は俯き、ぐっと下唇を噛む。固く握り締めた両手は爪が手のひらに食い込み白く鬱血してしまっている。その様子を拒否と受け取ったのか、凛はため息を吐くと桐茴に背を向けた。

「……そう、分かったわ。なら無理強いはしない。けどね、」

「っ……」

凛は肩越しに桐茴を見やる。

「あんたの『大事なもの』がその聖杯戦争関係で無くす可能性がある事は忘れない事ね。それじゃあ」

それだけ言うと用事は終わりだと言わんばかりに凛は校舎裏を後にした。残された桐茴は依然と強く拳を握り締めたまま漠然と思った。

―――嗚呼、これが避けられぬFateというものか。
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