#04


「ほんっとにむかつくーーーー!!何なの!?何あいつーーー!!!」

懐から取り出したルーンの護符に魔力を込め、襲いかかってくる骨の兵に向かって突き出しながら桐茴は溜まった鬱憤を晴らすように叫ぶ。護符に触れた兵はガラガラと耳障りな音を立ててその場に崩れ、桐茴は崩れた骨の山を荒々しく踏み拉いた。人気の無い薄暗い高層ビルの高層フロアに、乾いた音が連続して鳴る。

「セイバーごと近くにいた士郎を撃とうとして!!なんなのあいつ!!!」

「まあ、正しくは『バーサーカーごとセイバーを撃とうとした所に衛宮士郎が乱入し、そのまま構わず撃った』ですけどね」

「バーサーカーごとだろうがセイバーごとだろうが士郎を撃とうとしたって事実は変わらない!アーチャー嫌い!」

この議論を続けていくと『卵が先か、鶏が先か』並の議論に発展しかねない。そう判断したキャスターは怒り心頭の様子の桐茴を放置し、廊下に散らばった骨の一つをしゃがんで摘まみ上げる。そして空いている片方の手で己の目元を覆っている拘束具を掴み、引き下げた。

「……!」

薄暗い中でもはっきりと見て取れた。怖気を覚える程の、鮮烈な赤をしたキャスターの開かれた両目。緋色にしては鮮やかで、まるで鮮紅色のそれを見て桐茴は思わず動きを止めて息を呑む。
キャスターは摘み上げた骨をじっと凝視し、暫くして疲れたように目を伏せると持っていた骨を廊下に投げ捨てた。引き下げた拘束具を再び装着しながらキャスターは立ち上がる。

「竜の歯を寄り代にした、人を模した魔術……神代のコルキス王が用いていたものですね。けれど……使うとなればその娘、裏切りの魔女の―――マスター?どうしました?」

「へっ?あ、いや!あー、じゃあこの一連の原因はそいつなのかなーって。あはは」

まさかキャスターの目を凝視してたなんて言えない。取り繕うようにして笑う桐茴にキャスターは別段不審がる様子もなく、「そうですね」と桐茴の言葉に頷いてみせる。

「このビルに竜の歯の兵……竜牙兵がいた事、搾取された魔力が柳洞寺へと流れていっている事、新都で相次いでいる『ガス漏れ』事故……断定は早いでしょうが、恐らくキャスター―――稀代の魔女と歌われた王女メディアの仕業でしょう」

「もう一人のキャスター?」

「はい。魔力を溜め込んで何をしようとしているかは不明ですが、兎に角彼方のキャスターは一般人から魔力を奪い続けています。命を奪う程では無く、気を失う程度の量を新都にいる数多の人から……実に巧妙ですね」

「うーむ、むむ…………」

口元に手を置き、左右にわずかに揺れながら桐茴は思案する。
今後はどう動くべきか。聖杯戦争と関係の無い一般人から魔力を搾取するキャスターは看過出来無い。けれど士郎を殺そうとしに来たアインツベルンの少女とバーサーカーだって度し難い。けれど、そう言うのなら昨日のアーチャーの行動は更に許し難い。更に更に、と考え始めているとどんどん思考が泥沼に嵌っていくようだった。

「んー……やっぱまずは『工房』の作成かなー。キャスター、出来そう?」

こくり、とキャスターは首肯する。

「問題ないかと。二日程で冷泉院邸を『工房』として形成する事が可能です」

「二日ね。おっけーおっけー。あとキャスター、周囲にあっちのキャスターの魔術の気配とかもう無い?」

「そう、ですね……」

周囲全体を見回すようにキャスターは首を動かし、残っている竜牙兵が居ない事を確認する。

「竜牙兵の残党はいません、しかし―――」

「ん?っわ、キャ、キャスター!?」

桐茴を横抱きにしたキャスターは窓の方へ移動すると幾つかの文言を唱える。詠唱が終わると、ふわりと桐茴の体に何か薄い布のようなものを巻きついたような感覚がした。

「気配遮断の呪いです。これで『彼ら』には気づかれないでしょう」

「えっ、ちょっと待って、キャスターあんた……」

「ええ。マスター、下からサーヴァントの気配がするので撤退します」

間髪を入れずに頷きつつキャスターは窓ガラスを蹴破った。強化ガラスなど英霊の蹴りの前では飴も同然らしく、あっさりと窓ガラスは粉砕された。びゅう、と冷え込んだ空気が破れた箇所から入り込んでくる。
次のキャスターの行動が手に取るように分かってしまい、青ざめる桐茴。そしてそれを余所にキャスターは軽く跳躍して夜の空に身を躍らせた。

「鉢合わせせず、手っ取り早く脱出するにはこの手段かと!!」

「あああああキャスターの馬鹿あああああああああああ!!!!」

他にも手段はあっただろうにと、キャスターに抱えられたままの桐茴は叫びながら夜の空を落ちていった。




「……?」

「どうかしたか、凛?」

キャスター達が予想外の脱出方法を選んだその時。同じビルの二〇階程下の階にいた凛は何か聞こえたような気がして耳を澄ませていた。

「アーチャー、今何か聞こえなかったかしら」

「それは、キャスターの手先の鳴き声の事かね?」

「違うわ。もっとこう、……高い声みたいな」

ふむ、と頷くと傍らを歩くアーチャーは周囲を探ってみせた。ややあって、アーチャーは肩を竦めて示す。

「……いや、私の探知能力では何も感知出来無い。アサシンクラスの者が潜んでいるのか、君の空耳か……おっと」

もしかしなくても最後の一言は失言だったらしい。じろりと凛に睨まれ、アーチャーは皮肉げに微笑すると直ぐ様霊体化してしまった。

「全く……失礼しちゃうわね」

ぶつぶつと文句を言いつつ、凛は階上に繋がる階段を探すべく奥へと進んでいく。
―――凛が窓に背を向けた瞬間、二人分の人の姿が下の向かって横切っていった事に気づかずに。

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