vsギルガメッシュ


真夜中の柳洞寺の境内に対峙している姿があった。寺の屋根を足場にしているのが『人類最古の英雄王』と謳われるアーチャー・ギルガメッシュ。とてつもなく長い階段を背にしているのがキャスター・キリエ。
片や尊大に腕を組んで愉しげに、片や油断なく臨戦態勢を取りながらの状況。キャスターは僅かに首を動かして背後に目を向けた。

「…………さて」

数メートル離れた背後で自分のマスターである桐茴と、共同戦線を張っているセイバー・アーチャーのマスターの士郎と凛が身を潜めながら移動していく気配が伝わってくる。これでいい。この場は自分に任せて三人で最奥の池の前で待つ言峰綺礼を討てばいい。
クツクツと喉で笑う音がし、キャスターは視線を前方に戻した。

「……随分と余裕そうですが、英雄王」

「これを笑わずにいられるか?キャスターよ。十年だ、十年待ったのだぞ、この我が。貴様を我が后にするこの日を!これを笑わずにいられるか!」

「冗談はその趣味の悪い鎧だけに留めたらどうですか?」

大仰な仕草で両腕を広げ呵呵大笑するギルガメッシュを冷たく一瞥し、キャスターは吐き捨てると目元を覆っている拘束具に手を伸ばして掴んだ。何事かと、笑いを止めてギルガメッシュはキャスターを見下ろす。

「貴方の后になるなんて真っ平御免です。この身体は、この心は、この魂は、この気持ちは―――私を現在形作っている全ては『彼』の為だけにある。貴方の物になるという事はその全てを捨てると言う事と同意義です」

ハ、と腕を組み直したギルガメッシュは鼻で笑う。

「そのような下らぬ理想も過去とやらも全て棄てよ。ヒトの領分を超えた先にある大願に手を伸ばす愚かな女を愛でる事が出来るのは、天上天下全てにおいてこの英雄王の他におるまいて。貴様は只、我だけを見、我に抱かれ、我の色に染まればいい。そうすれば巨万の富や世界の半分すら貴様に与えてやろう」

「……これ以上の対話は無駄ですね。そもそも、貴方に私のような下々の言葉が通用するとは思っていませんでしたが」

拘束具を掴む力を強め、一気に引っ張って外す。拘束具が投げ捨てられ、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がり、鮮紅色の瞳が黄金のサーヴァントを睨み据える。

「油断も出し惜しみも一切しません。英雄王ギルガメッシュ、貴方は此処で私が倒す」

「ハ―――!面白い、実に愉快な戯言だぞキャスター!その哀れなまでの勇気に敬意を評そうではないか」

『王の財宝』を虚空に展開し、そこから一本の剣を掴んで引き抜いた。
けれどそれは剣と呼ぶには異質過ぎた。刀身が三段階に分かれた円柱であり、その切っ先は螺旋状に捻くれている。三つに分かれている円柱がそれぞれ独立してバラバラな動きを見せ、挽臼のようにゆっくりと回転している。
『それ』を見たキャスターは僅かに顔を顰めさせながら右手を肩と水平になるように持ち上げ、腕を前へ突き出す。

「私の理想を、悲願を、貴方如きに壊させも奪わせもしない―――此処で果てろ、ギルガメッシュ!!」

ザワ、と魔力が風にようにキャスターの周囲で巻き起こり、彼女を囲むように渦巻きながらその規模は次第に増していく。

「―――我が織り成すは夢現の世界」

魔力の渦が更に大きくなる。

「現にして幻、辿り着けなかった結末の成れの果て」

そよ風すら吹いていない柳洞寺の山頂に、肌寒さを感じさせる風が一陣吹き込んで来た。ひやりと冷たいのに、それは決して冬のような凍てつく感じを思わせない。もっと澄んでいて、清涼な。そう。

「残骸にして願望、残滓にして悲願」

それはまるで―――朝焼けの中で吹く風のような。

「それこそが―――宝具・『最も遠き理想の果てアポタートス・アーカディアン』」

文言を言い終えた瞬間、前に突出していた腕を真横へ薙いだ。その動きに合わせるに、釣られるようにして柳洞寺の景色が一変した。
星の瞬く夜空は一瞬にして朝焼けの空に。荘厳な寺やそれを囲む木々が消え失せ、見渡す限りの地平線が現れる。足元は硬い石畳でなく、湖のように静かな水面へ変わっている。足を一歩踏み出せば身体は沈むことなく靴裏は水面を捉え、そこから波紋が広がっていく。
彼女の世界を一瞥し、ギルガメッシュは吐き捨てる。

「これが貴様の宝具か。届かぬと分かっていながら手を伸ばし、生にしがみつく赤子のようにがむしゃらに足掻く。道化と理解していながら尚道化を演じ続けようとする……何とも小賢しい世界よな」

「何とでも」

鋭くギルガメッシュを睨みながらキャスターは背後に数多の魔方陣を展開し、右手に不可視の刀を握る。
それを見届け、ギルガメッシュはにやりと愉しげに笑うと万を持して歪な剣―――乖離剣エアを起動させた。
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