遠い夢


―――目を開けると、わたしは知らない場所に立っていた。そしてああ、これは夢なんだなと漠然と理解する。

手始めに周囲を見回してみれば、どうやら此処は何処か外国の大きな広場の端寄りの方らしい。背の高い異国の建物が広場を取り囲むようにしてぐるりと立ち並んでいる。空は澱んで暗く、今にも一雨来てもおかしくなさそうだった。
そんな中でもこの広場には多くの人々が集まっていて。老若男女問わずがわたしに背中を向け、『何か』を見ていた。どうやら広場の中心に何かがあるらしい。
何だろう、と一歩足を踏み出してみる。けれど見たいという気持ちとは反対に心と本能が警鐘を鳴らして立ち止まれと叫んでくる。

ダメだ。    行ってはいけない。
  見ては駄目だ。
『私』は知っている。  あそこには
                  あの人々の中心には


固い石畳をゆっくりと、けれど少しずつ踏んで中心部へと近づいていく。その間も警鐘は鳴り止まず、酷い頭痛を催してきてしまっている。
けれど歩みは止まらない。途中でふと『こんなにも頭が痛いのに、どうしてわたしはあの中心が気になるんだろう』とは思った。
痛いなら諦めればいい。辛いなら引き返してしまえばいい。苦しいのなら楽になれる方を選べばいい。そこまで気になるものなの?だって見た事ないんだもん。こんな思いをするのならさっさと引き返せばいい。だってこれは夢なんだから、目が覚めろと思えば起きる事は容易い筈だ。

そうだ、引き返せばいい。
   その中心には『何も』ない。   何も得られるものはない。
  だから、   もう、    これ以上は、


なのに。わたしの歩みは止まらない。頭を押さえ、吐き気を堪えてまでも進もうとする。人々の波を掻き分け、着実に中心へと近づいていく。警鐘は限界レベルまで行くんじゃないかと思う程悪化してきていて。これじゃあわたしが中止に到達するか痛みで倒れるかの勝負じゃないか。それが少し面白く、わたしは笑う。

「…………?」

人々の波を掻き分けてる最中、不意に人々が気になって周囲を見回してみた。違和感を覚えたからだ。だからその正体を見つけようと首を動かし、見つけた。いや、気づいてしまった。
中心を向いている人々。その全てが鬼のような形相で何やら叫んでいた。何かを糾弾するように、或いは罵詈雑言をぶつけるようにして誰もが口々に叫んでいる。夢だからか、声は聞こえない。
何をそんなに、と思ったところでわたしは立ちはだかっていた最後の人を押しのけて中心部にたどり着いた。わたしは膝に手を置いて息を整える。そしてたどり着いた途端、嘘のように頭痛や吐き気がスっと収まっていった。
なんだったんだろう。と思いながらもわたしは視界の端にチラついた『ソレ』に気付いて上体を起こした。ソレは木で出来た粗末な大きだけが特徴の台で。例えるなら、校長先生が朝礼の時に立つ台座をボロっちくした、そんな感じ。
そんな台を取り囲むようにして人々は集まっているらしく、なんでこんな台に―――とまで考えて、わたしは気づいた。頭を上げ、台座をよく見ようとする。
台の両端に取り付けられた木の柱。一番上にはそれらを繋ぐように太い木の棒が渡されている。そしてその木の棒には太く頑丈そうな綱が垂らされていて、先端は輪になっていて。―――そう、それは人の頭が丁度収まる具合の大きさだ。

今度は別の意味で吐き気がしてきた。この人々―――いや、観衆は見に来たんだ。この絞首台に。誰かが処刑されるから、集まってきたんだ。
そう理解した途端、警鐘の意味を漸く理解した。そして引き返そうと足を動かそうとして、足が動かない事に気付く。つい一瞬前までは普通に動いていたのに、まるで地面に張り付いているみたいだった。

訳も分からず心臓がドクドクと早鐘を打ち、脳は危険だとガンガン音を鳴らしてくる。けれど意思に反して、まるで後ろから頭を鷲掴みされているみたいにわたしの頭は絞首台の方へと固定されている。目を瞑ろうにも瞼も固定されて、わたしは否応無しに絞首台を見続ける。
と、その絞首台に中年の男性が上がってきた。その男性は観衆に向かって大仰に両手を広げると何やら演説をし始める。その顔は真剣味が有り、そして酷く嫌悪するかのような渋面だった。
男性の演説は長い。何を言ってるのかは聞こえない為分からないが、観衆はとても支持しているらしく、拳を突き上げて何やら叫ぶ人が増えてきた。小さな熱気は周りに伝播していき、遂には広場に集まった観衆のほぼ全てが拳を上げて叫び始めた。
熱気が最高潮に到達したその時。絞首台に上ってくる人の姿があった。その人は両脇をそれぞれ男性に掴まれて身動きの取れない状態であり。

「――――――なん、で」

愕然とする。上ってきた人物は白髪で、褐色肌の―――

何処からか女性の泣き叫ぶ声が聞こえ、そこでわたしの視界は暗転した。







「―――……んー…………」

―――ふと、目が覚める。
欠けた夢を、見ていたようだ。

ごろりと横を向き、目覚まし時計を見る。時間は六時十分前であり。そろそろ士郎が起き出して朝ごはんを作り出す時間かなぁ、なんて思ったり。
そのまま布団から這い出て身震いをした。まだ二月中旬。寒さはピークを迎える頃だ。けれど寒さを堪えて枕元に用意しておいた制服に着替える。最後に襟元を正せば後は顔を洗ったり歯を磨いたりすれば朝の支度は終わりだ。

「……よーし!」

聖杯戦争はまだ始まったばかり。気合を入れて行かねば。わたしはグッと拳を胸の高さで作った後に気合を入れ、士郎や桜の待つ居間へと急いだ。

―――今朝方に見た、『夢』の内容など忘れて。
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