そんな日常


「ランサー、ランサー!出てきなさい!」

『―――大声で呼ばなくたって聞こえてるっつの』

昼下がりの教会内にルカの毅然とした声が響く。
人の居ない、寒々とした礼拝堂というのは存外に音が響く。それに応えるように、虚空から煩わしげな声と共に一人の男が実体化をしてルカの近くに現れた。
サーヴァント・ランサー。
名前の通り『槍兵』として此度の第五次聖杯戦争に召喚されたケルトの大英雄。クランの猛犬。光の御子。
そんな偉大な英霊が、どういう訳か青い戦闘服ではなくてアロハシャツを着た姿で大あくびをしながら現れ、ルカは腕を組むと片眉を上げる。

「遅い。私が呼んだら五秒で来なさい」

「横暴かよ。……で、話はなんだ?」

ルカは一枚のメモ用紙を差し出す。一体何だと思いながらもランサーは紙を受け取り、目を通すと怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

「なんだこりゃ。買い出しか?」

「そうよ。教会の備品の買い出しと今日の夕食の買い出し。ああ、ギル様は本日お魚が食べたいと仰っていたわ。新鮮な良い魚を買ってきなさい」

「あのなぁ、オレはテメェのサーヴァントじゃねぇんだぞ」

呆れたようにランサーは頭を掻く。
ランサーのマスターは言峰綺礼であり、彼が亡き今マスターの権限は全てカレン・オルテンシアへと引き継がれている。よって今のランサーのマスターは彼女という事であり、決してルカではない。しかしルカは詰まらなさそうにフンと鼻を鳴らすと足先で床を叩いた。何を下らない事を言っているのかと言いたげだ。

「この教会を管理しているのは紛れもなく私よ。つまり此処を拠点としている貴方は居候。引いては私の管理下であるというわけ。これからも教会に居座りたいのなら従いなさい。さもなくば―――」

黒い革のグローブで包まれた両の手を合わせ、ゴキゴキと鳴らす。言葉で従わないのならば拳で語るのみ。ルカとはそういう聖職者だ。いや、この場合ルカ本人の気質なのだろうが。

「わーったよ。仕方ねぇ、行ってやる」

「最初から素直にそう言えば良いのよ」

面白くなさそうにルカは鼻を鳴らす。
英霊と人間。普通に殴り合えばルカの敗北は必至だが彼女は生憎と只の人間ではない。ギリシャ由来の戦神の寵愛と加護を受けた一族の末裔であり、加護の証である怪力と能力打ち消し能力がある。特にこれは神性を持つサーヴァントには効果的であり、父親が太陽神で母親が人の半神半人のランサーには絶大な効果を誇る。彼女が本気を出して彼を殴れば霊核を抉り取られるかも知れない。まともに戦りあってはいけない部類の女だ、とランサーは内心でやれやれと肩を竦める。

「んじゃ、行ってくるぜ」

「買い食いは許さないわよ」

ランサーはルカから財布を預かり、退屈そうに教会を出ていく。一方ルカも教会の手入れがあるからか奥の部屋へと引っ込んでいった。
こうして、緩やかな日常は過ぎていく。

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