日常の一ページ
ざわざわと、穂群原学園初等部の校門前が騒めく。現在時刻が下校時間と言うのもあり、下校しようとする生徒達でごった返して賑やかなのは理解出来るが、今日に限っては他の理由も起因していた。
校門を潜って出てきた少年少女達の視線が門の右側の柱の下に集中する。そこには似たようなデザインの制服を身に包んだ、けれど彼ら達よりもずっと年上の女生徒が音楽プレイヤーで音楽を聞きながら門に寄りかかって携帯を弄っていた。見慣れない光景に通り過ぎざまの生徒達はヒソヒソと『あの人は誰だろう』なんて話し合いながらチラチラと視線を向けている。
「すごーい、珍しい髪の人だったね」
「ねー。緑の髪だった!」
「高校生かなぁ」
「おっきかったしね」
「…………?」
シルバーブロンドの髪が揺れ、持っていくのを忘れてしまった傘を取りに下駄箱まで戻ってきたらしい女生徒二人に視線が向けられる。しかし二人は視線に気づくことなく、楽しげに喋りながら彼女達の物らしい可愛らしいデザインの傘を傘立てから抜くとそのまま歩いて行ってしまう。
「(緑の髪の……高校生?)」
視線を戻し、脱いだ上履きを己の靴箱にしまい、ローファーを履きながら少女―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは近所に住む年上の幼馴染を思い出す。
冷泉院桐茴。緑髪をした高校生で近所に住むお姉さん。剣道の有段者で、そんじょそこらの男だったらスパーンと倒してしまう強くて頼りになる人。
「けどなんで桐茴お姉ちゃんが……?」
つま先をトントンと叩きながら考えてみる。まあ『噂の人』が桐茴と断定した上での話だが。けどどうせ帰るのだし、校門を潜らねば帰れない。その道中で『噂の人』を遠目に観察すれば良い。そう結論を出したイリヤは生徒用の玄関から小走りに出た。そのまま軽い調子で走りながら門を潜れば―――
「き、桐茴お姉ちゃんだ!?」
「ん?あ、イリヤ!」
イヤホンを耳から外し、門柱から背を離した桐茴がヒラヒラと手を振るが、イリヤは桐茴の腕をガッシと掴むとその場から脱兎の如く離脱を決めた。
「イ、イリヤ!?ちょ、どうし、あああああぁぁぁぁ……」
沢山の生徒達に見守られ(物珍しげに眺められながらとも言うが)ズルズルと引き摺られていく桐茴の声が次第にフェードアウトしていった。
――――――
「もーーっ!!お姉ちゃんすっごく目立ってたよ!?」
「あははー、ごめんごめん」
歩きながらプンスカとするイリヤと、へらりと笑って髪を掻く桐茴。二人は同じ速度で並び歩きながら通学路でもある深山町商店街を通り抜けていく。
「でも何でお姉ちゃんが初等部に居たの?なんかごく自然な流れで一緒に帰ってるけど」
「あー。士郎がさ、今日部活の後にバイトがあるって言うのをイリヤに言い忘れてたー!って言うからさ、じゃあわたし今日バイト無いから伝言がてらイリヤと一緒に帰ろっか?って言ったらお願いされてさ」
「お兄ちゃんってば……」
いつもは頼れる素敵な兄なのにどうも彼は何処かのほほんとしていて、否、のほほんとしすぎている節がある。イリヤはハアアと重い溜息を吐く。と、そんなイリヤの心境を察したのかはたまた単純に自分の本能に従っただけなのか、兎に角タイミング良く桐茴が「ねえイリヤ」と小柄な彼女の肩をポンポンと叩いた。
「小腹空いてる?」
「え?う、うん、少しだけなら……」
六時間目に体育が振り当てられており、男子に負けるものかと全力で運動してきたのもあって食べた給食はほぼ消化されたと言っても良い。そう示すように腹部を軽く摩ると桐茴は一軒の店を指し示した。
「大判焼き食べよ!」
大判焼き。とても魅力的な誘いである。イリヤの表情が一瞬ぱあっと明るくなったがそれはすぐに萎んでしまい、申し訳なさそうな表情になる。
「あ、でも……買い食いしたらセラが……」
「わたしがどうしても食べたいって言って仕方なく付き合いましたーって言っとけばいいよ!って訳でイリヤちょっと待っててねー」
止める間もなく、すったかたーと桐茴は店に突撃していく。仕方なく道の端に立って桐茴が戻ってくるのを待っていると程なくして彼女は戻ってきた。
「はい。半分こしたら晩ご飯も入るでしょ?」
「あっ、ありがとお姉ちゃん」
二つに割った大判焼きの片方をイリヤに差し出した桐茴は彼女の隣に並ぶと、ほかほかと湯気の上がるそれにかぶりついた。倣ってイリヤも小さな口を大きく開け、大判焼きを頬張る。
「へへへ、イリヤとわたしだけの秘密だね」
楽しそうに笑いかけてくる桐茴を見、イリヤはコクコクと何度か頭を縦に振って小さく笑った。