前日夜


「……?」

買い出しをしつつ帰路に付けば既に日が暮れかけていた。洋風な屋敷の立ち並ぶ坂と和風な屋敷の立ち並ぶ坂の分岐点までやって来て、桐茴は家のある坂とは反対方向の坂を見た。
洋風の屋敷が立ち並ぶ坂。そこから誰かが歩いてくる。立ち止まってよく見てみればその人は黒いジャケットを羽織った、まるでモデルのようにスタイルが良い金髪の青年だった。
あちらの坂には移住してきた外国人が居を構えているので金髪の人やプラチナブロンドの髪の人がやってきていたりしても「ああ親戚が来ているのかな」程度にしか思わず、普段ならそのまま素通りして自宅のある坂を登っていくのだが、どうも気になってしまう。故に立ち止まっていると青年は坂を下りきってそのまま教会のある方へと足を向けようとして―――桐茴に気づいたのか、方向を変えてきた。
青年は桐茴の前まで来ると歩みを止め、両手をポケットに突っ込んだまま彼女を見下ろす。

「っな……なん、ですか?」

桐茴は青年と距離を取るように半歩下がってたじろぐ。ガサリと左手に持つ買い物袋が揺れる。

「…………ふん。そうか、貴様……」

流暢な日本語で口を開いた青年は暫し桐茴を観察すると鼻を鳴らし、にやりと笑った。

「―――貴様、『未完成』だな?」

紅い眼で射抜かれ、ゾクリと背中に悪寒が走る。
言われた内容は理解出来ないが本能的に悟る。この人物は危険だと、関わってはいけないと。桐茴は軽く頭を下げると挨拶もそこそこに直ぐ身を翻した。

「……失礼します」

足早に去り、薄暗い闇の中へと消えていく少女の背を眺め、青年はもう一度笑った。それは酷く獰猛で酷薄な笑みで。

「あれが『あの魔女』と成りうるのか……つくづく我に退屈をさせない女よな」

嘲笑を残し、青年の姿が闇に溶け込んだ。
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