光芒の微睡み
「英雄殿が外で寝ている?」
明くる日のこと。神妙な顔をしたライナから受けた報告内容に、水晶公は緩く首を捻る。
外で寝る、とは。それはベンチでうたた寝しているとか、木の上で昼寝しているということでは無いのだろうか? 光に溢れた第一世界でもそうして休憩をする者は皆無ではないし、原初世界から来てまだ日が浅い彼女なら、名残として外で寝ていても大して不思議ではないだろう。昼寝するには、些かこの世界は光が瞼を焼くが。
しかし、困惑した様子でライナが首を横に振る。
「大罪喰いの調査を終えた後、夜の時間帯でも寝ていると報告がありまして」
「それは……不思議だな」
「しかも寝袋と、アイマスクを用意してまで」
「寝袋を……!?」
一瞬言葉を失ってしまった。わざわざ寝袋を用意して、アイマスクで光を遮ってとなると、どうしてでも外で寝たいという強い意欲を感じざるを得ない。これは確かにライナの報告通りの内容だ。部下から報告を受けた時、さぞや困惑しただろう。
この件は私が受けよう、と報告書を預かり、ライナが退室したのを見送った水晶公は深慮の間へと向かい、置いてある椅子に腰掛ける。膝の上で手を組み、熟考の姿勢で黙考する。
わざわざ彼女が外で寝る意味。旅の拠点として与えたペンダント居住館の内装が気に入らないのだろうか? それとも置いた家具が? ベッドなど特にこだわって柔らかく、かつ弾力のあるものを選んだが、体に合わなかったのだろうか? 考えれば考えるほど色々な予想が浮かぶ一方で。
ひたすらに悩む。いっそ本人に聞けば良いのではないかとも考えるが、正面から「与えた部屋は気に入らないだろうか」と聞くのも気が引けて。
悩みに悩み、水晶公は──
光芒の降り注ぐ深夜。クリスタルタワーの自室を出た水晶公は人気の失せたクリスタリウムを歩き、ペンダント居住館へと足を向ける。誰もが眠りにつく街はシンと静まり返っているが、居住館に近づくにつれて人の笑い声やにぎやかな音が聞こえてくる。彷徨う階段亭は眠らない。遅くまでずっと飲み続けている者が居るからだ。
人々の営みに目を向け、笑みをこぼし。水晶公は目当ての場所へと辿り着く。ペンダント居住館──の中ではなく、その脇の一角。青々と茂る大きな木を日覆いにしながら本を読んでいるのはハ・リカだった。傍らに寝袋が置いてあるのを見ると、寝る前のひとときといったところか。
「こんばんは、英雄殿」
「あれ、水晶公? どうしてこんな時間に……」
「いやなに、たまには外を出歩かないと老体は鈍る一方なのでね。こうして人々の様子を眺めながら、宛もなく散歩をしていたのだよ」
多少の嘘は見逃してほしい。「貴方に会いに来た」など、とても恥ずかしくて口が裂けても言えない。彼女は特に気付いた様子もなく「そうなんですねぇ」と言うと本に栞を挟んだ。読んでいる本は錬金術に関する高度な書物らしい。
「貴方は寝る前の休息だろうか?」
「ああいや、もう寝ますよ。ここで」
傍らの寝袋をポンと叩く。と、そこで会話相手が水晶公だというのに気付いたのだろう。ハッとした顔をしたハ・リカは慌てて両手をブンブンと振る。
「あっ、いや、そのですね、水晶公がくれた部屋が気に入らなくてここで寝てるとかじゃないんですよ!? 本当です! 寧ろベッドはふかふかだし、色々置いてもらって整ってる部屋を与えてもらって申し訳ないくらいで……!!」
あたふたとしながら弁明する彼女を見、一瞬面食らった水晶公だが、その様子を見ていてくすりと笑みを零す。いくら人々に語り継がれる英雄と言っても、元を正せば普通の人間で、普遍的な女性なのだ。そんな人間らしい面を見られて嬉しくて笑ってしまったのだが、彼女からしてみれば唐突に笑われたと思ったのだろう。僅かに頬を赤くさせ、むくれてみせる。
「ふふ。すまない、笑ってしまって。別に怒っていないから心配しないでくれ」
「もー……」
プイと水晶公から顔を背ける。そうしてハ・リカは手をかざして日覆いを作ると空を見上げる。木の葉で幾分か遮られているというのに、目を焼くような光芒を目に受けてハ・リカは目を瞬かせる。
「……私、野宿が好きなんです」
ポツリ、とつぶやく。
「こっちじゃ見られないけど、原初世界じゃ満天の星空とかオーロラがあって。そういうのを見ながらとか、草のざわめく音とか鳥の声を聞きながら寝るのが好きなんです。自然と一緒に生きてるって感じが凄くして」
「────」
穏やかな語り口に、遠い日の記憶が波のように押し寄せてくる。
あれはそうだ、まだ『水晶公』ではなく、ただの『ノアの一員』だった頃。クリスタルタワーの調査でキャンプをしていた時。その時もこうして同じ会話を聞いた覚えがある。
『野宿とかキャンプって大好きなんですよね。ワクワクするし、綺麗な星とかオーロラを独り占めしながら寝れるし、フクロウの鳴き声を聞きながら寝るのも野宿ならではの醍醐味って感じだし』
『じゃあ今回の調査はあんたにおあつらえ向きってことじゃねえか』
『まさにそうです! いやあー、こういうのをしてると冒険者って最高だなって思うんですよね』
そうして笑いあった記憶が鮮明に思い起こされる。
──ああ、彼女は変わらない。いつまで経っても、やはり『一番憧れの英雄』だ。
「ならば、私も少しここで休んでいくとするかな。貴方が許すのなら、原初世界での話を聞いても良いだろうか?」
「良いですよ。そうですね……いま丁度錬金術の本を読んでたんですけど、これを教えてくれたウルダハのギルドマスターが──」
ハ・リカの隣に腰をおろし、彼女の話に聞き入る。
瞬きをすれば終わってしまうほどの、細やかな休息。けれどこの一瞬は、かけがえのないものに変わっていくのだろう。