帳を歩くは深影

 夜の帳が落ちたクリスタリウムを、ゆったりとした歩調で水晶公は歩いていく。異常は見当たらないか、住人同士が諍いを起こしてないかなどといった習慣にも似た見回りだが、光芒溢れる空に夜のカーテンが敷かれてからは作業の息抜きの散歩という面も持つようになっていた。
 離れた《彷徨う階段邸》から賑やかな喧騒が聞こえてくる。取り戻された夜に乾杯。取り戻してくれた闇の戦士の活躍に乾杯。ジョッキを掲げて盛り上がる人々たちの様子を遠くから眺めながら水晶公は仄かに笑う。見たかった景色が、ついぞ目の前にある。
 しかしこれはまだ序幕に過ぎず、『計画』は道半ば。『あの人』を助けるためには――
 そう考えていた時だった。数メートル離れた前方を、ふわりとした足取りで横切っていく姿があった。

「ナヤガ」

 何処となく地に足がついてないような、ふわふわとした軽い足取りなのは本人の性質のせいか。
 その名を呼べばナヤガ――原初世界では『光の戦士』、この第一世界では『闇の戦士』と呼ばれている彼女が立ち止まり、水晶公の方へと顔を向けた。
 アウラ・ゼラ特有の黒い角。右が白、左が紫という神秘的な色合いのオッドアイは、彼女のミステリアスな雰囲気を更に強くしていた。

「水晶公。こんばんは、良い夜ですね」

 加えておっとりとした、どこかふわふわとした喋り方。ぼんやりとしていることも多く、それも相まって彼女という人物を推し量るのは水晶公を以てしても難しかった。
 そんな彼女だが、自分の背丈より大きい両手剣を悠々と振り回して先陣を切っていくのだから舌を巻く他ない。バッサバッサと敵を倒していく様は痛快通り越して恐怖すら覚えてしまう。

「ああ、こんばんは。良い夜だな。貴方も散歩だろうか?」

「……ええ、まあ。星を見ると落ち着きますから」

「ああ、確かに星空は美しいな。久しく見れなかった景色に街の者も浮かれているようだ。あまり羽目を外しすぎないようにしてほしいがね」

 困ったように水晶公は笑い、「少し歩かないか?」とナヤガへ投げ掛ける。こくりと僅かに首肯したナヤガは水晶公へと歩み寄り、二人は並んでクリスタリウムの街を歩いていく。
 無言で練り歩く、というのも口寂しいので。原初世界での印象深い思い出は無いかと振ってみれば、ぽつりぽつりとナヤガは語り出した。

 ゴルモア大森林で見た古の遺跡。
 クガネで最も高い天守閣に登ったこと。
 故郷アジムステップの何処までも広がる草原。
 グリダニアの奥深くにある、圧倒される程の水量を天から落とす大滝。
 それから冒険者として受けた依頼で面白かったこと、苦労したこと。

 どれも替え難い、大切で大事な記憶だ。
 一つひとつの話を聞き入るように聞いていた水晶公だが、ふと足を止めてナヤガと向き直った。どうしたのだろう、と彼女が小首を傾げる。

「……不思議だな。以前貴女から聞いた冒険譚と遜色ない話をする。だが、貴方は『彼女』ではない」

 隠されたフードの奥底で、血のように紅い瞳が鋭く細められる。

「『彼女』の姿を象る『何か』よ。貴方は一体何者だ?」

 幻術で姿を偽るにはあまりにも彼女を知りすぎている。それにこの第一世界では到底知りえないことを口にするのだ。
 原初世界のこと、そして彼女のことを知り得るのならば、それを可能とする人物は自然と限られてくる。そう、アシエンだ。
 彼らは非常に狡猾だ。こうして姿を偽り、侵入し、内側から破壊させていくことなど造作でもない。
 杖を握る手に力が籠る。
 暫しナヤガはじっと水晶公を見つめ――

「……驚いたな。まさか、見破られてしまうなんて」

 紫と白の瞳が、黄金に染まった。
 ズズ、と重たい音を連れて『ソレ』の周りに闇が集まっていく。それはやがて別の形を象り始め、全く違う人物の姿となった。
 黒と青を基調とした重厚そうな装備と、フルフェイスの奥から覗く金の瞳。体格と声音からして男性だと分かるその人物は、あまりにもアシエンとは似つかわしくなくて。
 それでも警戒するに越したことはない。何故なら眼の前の人物は、こちらへ明確に敵意を向けてきているのだから。

「どちら様だろうか」

「……僕はフレイ。僕は彼女であり、彼女は僕でもある。彼女の影法師のようなものです」

「影……」

 考え込み、水晶公の脳裏に一つの文章が掠った。
 それはいつかの昔、崩壊したイシュガルドの街で目にした文献だ。イシュガルドには盾を捨て、大剣一つで弱き者の為に強きを挫いた騎士たちがいると。
 暗黒の力をその身に宿し、振るう者たちを人々は――暗黒騎士と呼んだ。
 彼女がイシュガルドで暗黒騎士を学んでいたのも知っている。その力をこの第一世界でも振るっていることも。
 故に、考えられるのは……

「彼女の……暗黒の力が具現化したものか」

「ご明察です。流石は水晶公と呼ばれる人だ。僅かな情報からそこまで推察出来るなんて」

 目が僅かに眇められる。それは果たして笑っているのか、見定めているのか。

「それで、フレイ殿。彼女に成りすましていた理由をお聞かせ願えるだろうか?」

 ふい、とフレイは水晶公から視線を外し、クリスタリウムの街並みへと向けた。
 静かな、それでいて確かに人々の活気や呼吸が息づいている場所。穏やかなこの場所は、彼女もきっと好きなのだろう。戦うことも好きだけど、平穏だってそれと同じくらい愛しているのだから。

「街を、見ていました」

「クリスタリウムを?」

「はい。ここはあの人が守った場所ですから。……命を削ってまで」

 そこで水晶公は理解する。
 ああそうか、彼は――

「あの人は、いつも前を向いて歩いていく。痛みも苦しみも引き連れて、誰かが願うのなら自分の体が傷付くことも厭わずに進んでいく」

 ゆらり、と影身から昏いオーラが立ち昇る。
 それは彼の怒りを示しているのか。

「貴方が請えば、あの人は無茶をする。罪喰いを一体、また一体と倒してその身を欠けさせていくんだ!」

 水晶公がぐ、と奥歯を噛む。嫌というほど理解している事実を改めて突きつけられれば、否が応でも自分の無力さを呪わざるを得ない。
 彼女を助けるために彼女の身を削るしかない、その事実に。

「……僕は貴方を快く思っていません。貴方が居る限り、あの人はこれからも傷付きながら歩いていかなければならない」

「……そうだな。これからも私は、彼女に傷付けと命じなければならない。世界を救ってくれと言わざるを得ない」

 まだ倒すべき罪喰いは残っている。第一世界の光芒が晴れる日は遠い。
 だけど、それでも――

「私は、この世界を――そして彼女を救いたいんだ」

 何としてでも、第八霊災のない未来を。
 彼女が生きる未来を。

 暫し正面から睨み据えていた二人だったが、先にポーズを崩したのはフレイの方だった。
 やれやれを頭を振り、僅かに肩を竦めてみせる。

「……ならば、見させてもらいましょう。貴方の覚悟と、その意志を」

 ゆらり、とフレイの輪郭が陽炎のように揺れる。それは彼の形を象った時と同じように、今度はその姿を空気に溶けさせて行き。

「覚えていてください。僕はいつだって貴方を見ている。あの人の瞳は僕の瞳だ。もし貴方にその覚悟を背負う資格がないと判断した時は……」

「ああ、分かっているさ。無論、そんなことにはさせないがね」

 影が溶け行く。それを見届け、水晶公は一つ息を吐くのだった。
 空を見上げる。フードの奥の瞳は星々を捉えているのだろうか。

「何としてでも……私の身に代えても、必ず」

◆◆◆


 次にフレイの意識が戻ってきた時、広がっていた光景は灯りの落とされたアパルトメントの一室だった。
 ペンダント居住館。水晶公が彼女に与えた一室。
 フレイが部屋を出る間際に見た彼女はベッドで規則正しく寝息を立てている姿だったのだが――

「……ナヤガ?」

「フレイ。散歩ですか?」

 ダイニングテーブルの席に着き、マグカップを傾けているナヤガの姿があった。

「起こしましたか?」

「少し……。貴方の気配が遠ざかったので」

 すみません、と述べる。その声音には少し苦笑の音が含まれていた。

「……どうでしたか? クリスタリウムの街は」

 ナヤガがカップを傾ける。僅かに立ち昇る湯気とこの甘い香りはミルクティーか。
 失礼、とフレイはナヤガの対面にの席に座る。「貴方も要りますか?」と少し持ち上げられたマグカップには緩く首を横に振った。

「そうですね……いい街だと思いましたよ。こんな世界においても懸命に生きようとする人々、活気溢れる様子……君が好みそうなところだと思います」

「ええ、そうなんです。色んな街を見てきましたが、やっぱり此処には此処だけの素晴らしさがあるんです。街の造形、夜に酒場前に通りかかった時に聞こえる星空への喜び、ムジカ・ユニバーサリスで行き来する様々な種族の人々……そういうのを見ているのが好きなんです」

 薄く笑みを浮かべて語る。その気持ちは誰よりもフレイが良く知っていた。
 だから守りたい。傷付きながら進む貴方を。
 力になりたい。貴方は誰にでも手を差し伸べるから。
 支えになりたい。――自分は貴方の影なのだから。

「……もう少し話を聞いていても良いですか?」

「私が見聞きしたことなんて、貴方も知ってるでしょう?」

「君の口から聞きたいんですよ」

 他でもない、貴方から。
 仕方ないですねと笑う彼女。願わくば、その笑みがどうか目を焼くような光芒に奪われないように。



2021/12/03

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