歯向かってしまった。
戻ったら、確実に殺される。気付いてしまったの。
私が、本当に好きな人―――


「ナマエ、ナマエ!どこだ!」


広い虚無の空間で声を荒げる男が一人。


「ナマエ!」
「はぁ〜い」


返って来た返事に、ルクソードは顔をしかめた。


「…シグバール。気色悪い声を出すな。」
そう呼ばれた男はニヤニヤと含み笑いしていた。


「失礼な。ルクちゃ〜ん、そんな怖い顔すんなよーォ。せっかくの男前が台無し。」
「五月蝿い。」


肩に置かれた手を払い、辺りを見渡す。


「何してんの?」
「ナマエを探している。見なかったか?」
「いんや?何で?ずっと任務行ってるだろ?」
「…俺の元から逃げた。」
「………は?」


革に包まれた両手をぎりりと音をたてて拳を作る。


「何言ってんだよ、あいつ長期任務に行ってんじゃん。そういや報告がないって言って……た」
「………」


シグバールは何かを思いついたようにルクソードを見た。


「ルク…?」
「やっと捕まえたのに…」


シグバールの脳裏に嫌な予感が浮かんだ。


「お前…まさか」
「任務に行ったナマエを連れ帰って…俺の元に繋ぎ止めていた。やっと手に入れたのに……」


ルクソードの虚ろな目をみてシグバールは冷や汗を垂らした。


(ヤベェなぁ。随分イっちゃってる。)


本能的にそう浮かんだ。


「で、ナマエは?」
「だから探してる。」
「何したんだよ」
「何も?ただ愛でただけだ。」


クク、と笑う姿にシグバールは溜息を吐いた。


「シグ、ナマエを見つけたら俺に知らせてくれ。それか俺の元に連れてきてくれ」
「……リョーカイ。」


シグバールはひらひらとだらしなく手を振り、背を向けた。


「ああ、あと」
「ん?」
「ナマエに手を出したらお前を消すからな」


伝わる殺気にシグバールはゴクリと生唾を飲んだ。


(こりゃあ、ナマエがどうなるかわかんねーな…)


そう思って回廊を開いた。


「ナマエ…どこにいるんだ…」


ぽつりと呟いてルクソードも回廊を開いた。


『はぁ……はぁ、…っ』


広い虚無の空間をひたすら走り続け、ある部屋の前で立ち尽くした。


『………っ』


勇気を振り絞って、震える手で扉を軽く叩く。


「…誰だ?」
『わ、わた…私…』
「ナマエ?長期任務についていたハズじゃ…」


カチャリ、と開け放たれた部屋の主は怪奇そうな声をあげた。


『ヴィ…ヴィクセ、ン…っ、お願い、少しの間だけ…隠れ、させて…』


何かから逃げる様に慌てて部屋に入った。


「どうしたというのだ…」
『あ、の…何も…お願、い…誰かが尋ねてきても…私、は…いないって言って欲しい…』


ヴィクセンの寝室に走って行き、ナマエはその隅で小さく蹲った


「ナマエ、どう…」

パチン、と闇に明かりを灯すとヴィクセンは身体を強ばらせた。
先程は慌てて部屋に入った所為でよく見えなかった。


「ナマエ……」
『ご、ごめんなさい…部屋…汚して…。あとで、片付ける…新しいの、持ってくる、から…』


ナマエの姿は非道いものだった。
以前にも増して生傷が増え、声はかさかさに枯れ、至る所には致命傷になりかねない傷までもがあった。


「…またか…」
『あ、あはは…』
「まったく…今度はどんな不興を買ったんだ?」


そう。ナマエの身体に傷が増えるのは"ヤツ"が深く関わっている。
ナマエ本人は自分が悪い、としか言わないが、何が悪いのかヴィクセンには理解出来なかった。


『あの、ね……逃げて…来ちゃった…』
「………何?」
『反抗、して…逃げたの』


そう呟くナマエは目を泳がせた。


「反抗したからやられたのか」
『あ、う、うん。昨日…ね?』


ナマエの首に鮮やかに残る手形。ナマエはヴィクセンの視線に気付いたのか、首元を手で覆った。


『え…えへ…』
「………」


もう、我慢出来かねん。


「…ゼムナスに話をしに行く。いくら何でもやりすぎだ。」
『……っ!』
「今回は黙っていられん。」
『まっ…待って!いい!』


寝室を背にむけたナマエが慌ててヴィクセンを止めに走る。



「ナマエ、お前はあいつの何なんだ?奴隷か?玩具?道具か?」
『………』
「いいか、お前はちゃんとした、ヒト、だ。人間なんだ。」
『……ヒ…ト…私は…ノーバディだよ…?』
「違う。ナマエ、お前は本当は…」


何かを言い掛けた途端、ヴィクセンはナマエの手を引いてクローゼットに押し込めた。


『ヴィク…』
「しっ!黙ってろ」


ぱたん、と閉められたクローゼットの扉。それと同時に回廊が開かれる音。ナマエは息を殺した。



イトハン