怖い。きっと、嫌われて、る。
醜いと思われてる。


「よう」


黒いモヤから現れたのは右目に眼帯、左頬に大きな傷の出来た男、


「…シグバール」


そう名前を呼ぶと、シグバールはただ頬笑んだ。


「ナマエの様子は?」
「……」
「そか。」


シグバールはそれから何も言わずにヴィクセンの肩を軽く叩く。


「…前に、ナマエが…」
「ん?」
「前にナマエが、機関の者、皆は…ナマエの事を道具として扱っている、と言っていた。」
「………」
「本当はシグバール、お前は…いや、お前達、皆は見守っていたんだよな?」


そう言うと、シグバールはふぅ、と溜息を吐いた。


「ヴィクセン、それ、間違い。」
「え……?」
「その言い方は…まるで俺らがイイ奴、って言われてるみたいだ。俺らは…お前が思っている程そんな奴じゃねぇよ」
「しかし…現にナマエを助けただろう」
「違う。あれはお前が消されかけたからよ」
「ブライグ。」



不意に昔の名で呼ばれ、シグバールはぴくんと体を強ばらせた。


「お前達も…ナマエの本当の事を知っているんだろう?」
「何を」
「ナマエは…ノーバディでないという事を。だから、非道く扱うルクソードから守る様に長期任務に出したり、ルクソードと任務の入れ替えりが重なる様に仕組んだだろう?」


シグバールは苦笑い、お手上げ、と両手をあげた


「さすがエヴェンだな」
「昔の名前で呼ぶのはやめろ…ナマエの心の傷は…癒えるのに時間がかかる」
「ああ…。ヴィクセン。」
「…何だ?」
「ナマエの心を癒せるのはお前しかいねぇ。頼む。ナマエを更正させてくれ。」


そう言うとシグバールは深々と頭を下げた


「やめろ、シグバール…」
「……じゃ、俺ぁ任務だから、もう行くぜ。…っと、その前に…ナマエに、会っても大丈夫か?」
「ああ。その方が…いい。」


二人は立ち上がって、真っ白な部屋への扉を開いた。


「…何か、いつ来ても消されそうな部屋だな。相変わらず何っにもねぇー部屋だし。」
「ルクソードも、同じ構図の部屋に幽閉しているそうだが…」
「ああ。回廊は疎か、術や力も使えねぇ。軟禁状態つーか…」
「そうか…」


部屋に入ると、隅っこに蹲ってる黒い塊。シグバールは眉間に皺を寄せた。


「ナマエ、か?」
「ああ…」
「何であんな端っこにいんだ」
「………」


ヴィクセンは無言でナマエに近づいた。


「あ、おい…」
「見ていればわかる」


ヴィクセンは、ナマエの傍らに寄り、屈み込む。


「ナマエ」


名を呼んでやると体が大きく跳ねた。


『あ…ご、めん…なさい……』


ナマエは視線は向けずに、ただ耳元に手をやり、かたかたと震えて何処か遠くを見つめていた。


「ナマエ、私だ。」


腕を軽く引いてやると、体が一層大きく跳ねた。


『イ……ッ、やぁあ!ごめんなさい、ごめんなさい!許してっ…』
「ナマエ、落ち着け、私だ!」
『ヤ…もう、やめ…て下さい…いい子にするっ……』


虚ろな瞳で、浮事の様に呟くナマエの姿にシグバールは驚きを隠せなかった。

「ずっとああなんだ」
「ああ…相当、非道い事されたんだな……チ、…もっと早く助けてやればよかった」
「体のあちこちにも…傷がある。いつも傷つけられるたびに私の元へ来ていた。」
「治療しに?」
「…この様な事態になったのは私の所為だ。」
「ぁあ?何でだ」


そう呟くヴィクセンにシグバールは溜息を吐いた。


「非道くなる一方で、見ているだけだった私の所為で…」
「違うだろ!」
「違わない。私がもっと早くお前達に助けを求めていたら…っ」
「ヴィクセン、お前はナマエを治療してやって、ナマエの苦しみを和らげただろーが!」
「私が逃げなければ、ナマエはこんな事にならなかった!」


怒鳴る声にシグバールは目を見開いた。


「私なんかが…ナマエを元に戻すなんぞ…無理だ…!」


ヴィクセンはその場にへたり込んだ。


「……っ、」
「すまない、シグバール…」
「………」


シグバールはナマエに近づいた。歩くたびにブーツの音が鳴り響く。


「ナマエ、俺だ。シグバールだ。わかるか?」
「シグバール……」
「いいから。ナマエ」
『もう…やめて……お願い…助けて…』
「ナマエ、俺がわかるか?」
『……だ、ぁれ……?』


一瞬だけ、瞳がゆらりと蠢く。


「俺だ。シグバールだ。シ・グ・バ・ァ・ル。」
『わから…ない……ルクソー……私…い、い子にするから…』


ナマエはにこりと悲しそうに頬笑えんだ。


『わた…し…を、殺し、て?』
「…………ッ!」



その言葉を聞き、シグバールは胸の奥が傷んだ。
ナマエの傍から離れ、その光景を見つめていたヴィクセンの傍に近寄る。


「ヴィクセン…悪い、時間だ…」
「……ああ…」
「お前も…休め。」


シグバールはそう一言残して部屋から逃げるように飛び出した。


「う、ぐ…っ、…クソッ…何で、何で…!」
「……シグバール?」
「…ザルディン…」
「どうした?何故…」


シグバールの頬を、骨張った手が覆う。


「…何だよ!」
「何故泣いて、いる」
「………え……?」


シグバールは頬を伝う雫に触れた


「…ナマエ…っ…悪い…」
「…シグバール…あまり己を責めるな。」


ザルディンは子供をあやすようにシグバールの頭を撫でた。


「ナマエ……」
『…怒らないで…』
「…ナマエ」
『逃げない…だから…』
「ナマエ!」


ヴィクセンは何かを求めるように手を動かしていたナマエをきつく、抱き締めた。


『ヒ…っ!いやぁあ!』
「ナマエ、ナマエ!落ち着け、落ち着いて…深く息を吸え…」


ナマエの背を軽く叩き、少しずつ呼吸を合わせていく。


『ね、ルクソード…怒らないで…いい子にするから…』
「私はルクソードじゃない。」
『いっそ…殺してよ…』
「ダメだ…」


その言葉に胸が締め付けられた。ナマエの体をぎゅう、と抱き締めた。
あの時よりも遥かに小さくなっていた。

『…やさしい、ね…』
「ナマエ、私だ」
『……?』
「ヴィクセン、」
『ヴィク…セ、ン…?』


頬に両手を添え、虚ろな瞳を見つめた。


『ヴィ……ク、セン…』
「ああ」


愛おしみを込め頬に手を添える。何度も繰り返して呟くその名にナマエは目を見開いた。


『や…イヤ…!』
「…ナマエ…?」
『やめ…て、やめて…!触らないで…!』


ヴィクセンから離れようと、壁に縋りつく。


「ナマエ…どうしたんだ…?」
『触らな……っ私…』


その言葉にヴィクセンは胸が締め付けられた。


『私……汚れて、るの……醜い…汚い…』
「…ナマエ」
『あの人もすき…ヴィクセンも…だから、ヴィクセンが、汚れちゃう…』
「汚れない!お前は汚れてなんかない!」
『…ヴィクセンを汚しちゃう私なんか』


その言葉に、ヴィクセンの中に怒りが込み上げた。


「ダメだ」
『だいすきな…貴方を汚す私なんか……イラナイ…貴方を私で汚す、くらいなら…死なせて』
「ダメだ…許さない…」
『きたないんだよ……』


カリカリと、癒えていない自分の傷口に爪を立てるナマエの手を掴みあげる。


「…殺さない。」
『死にたい』
「私は……お前を愛す」
『…あい……愛…?そんなの無理よ…無理無理……』
「お前に拒まれても愛してみせる……今度は、逃げるものか」


掴みあげたナマエの手をヴィクセンは自分の頬へと導いた。


「私が分かるか。」
『……あ……』
「ナマエ。」
『ヴィ、クセ……ン…私…求めちゃ…いけないの…』
「求めていい。求めろ。」


泣きそうな顔で頬笑んだナマエ抱き締めた。
だらりとうなだれていた手が弱々しくヴィクセンの背中を掴む。


『私……私っ…』
「ナマエ…」
『ヴィクセン…ヴィクセン!私…貴方を壊してしまう…!』
「壊せばいい。いくらでも…。」
『ありがと…う…ヴィクセン』


日々寝ていない所為なのか
呼吸の落ち着いたナマエの声が段々と小さくなる。


『ヴィクセン…』
「傍にいる」
『私を……愛し、て…くれ、る…?』


かくん、と力の抜けた体がヴィクセンに預けられる。


「愛すさ。やっと手に入れたんだから…」


愛しすぎて気が狂いそう
汚れている、と泣いた彼女は美しく
ますますナマエと言う名の女神に魅入られるのだ
私もルクソードもその一人。次に狂うのは私か、彼女か―――。


愛し、て止まない。)


END

どえらく長くなった。
情緒不安定な機関の方々とヒロインさん

06.9.7


イトハン