我ら配下の者は主に対して、絶対的忠誠を誓わねばならない。
主の命令は逆らう事は許されない
ましてや、配下の者がナンバー持ちの方々と馴れ合う事自体、許されないはずだった


『おーい。だいじょぶぅ?』


ぐたーっと倒れている私に声をかけたその方。
目の前に写る、色白の肌が暗闇に映える


(……ニンゲン?)


「…………」
『あなた、ルクソードさんの配下のギャンブラー君だよね?びっくりした。人が倒れてるからさ』
「……」


"ギャンブラー"と彼女に呼ばれた私は(果して人、と呼んでいいものなのか)むくりと起き上がりただその女性をじっと見つめていた。


『なに、かな?てか私の言葉分かるかな…いや、その前に喋れるかなぁ』
「……はい」
『おっ。喋れるね!ね、何で倒れてたの?』
「…………」


(どうしよう。目が、離せない)


私は、質問に困っている様でもなく、喋りたくないという様でもなく、ただ目の前の人物を見ていたかった。


『おーい?』
「…すみません。」
『ん?』
「その、主人以外の方に声をかけられたりするとは…思わなかったので」
『あぁ!なぁんだ』


配下ノーバディ達は主に従うのは当然であって、他の主には絶対靡かない。
いや、靡く事は許されない。
配下ノーバディ同士の馴れ合いはあるが、配下ノーバディと他人が馴れ合うなんてそういう機会は無に等しい程、ないのだ。


『怪我、してるの?』
「あの、全然平気なので構わないでください」
『いーいから!おいで!』
「あ、あの!本当に…!」


彼女は腕を引いて部屋へと向かうべく回廊を開いた


(ああ、なんて強引なんだ!)


混乱する頭を整理しながら主に知られたらどうしよう、とか、他の配下ノーバディに見られたらどうしよう、と言う事しか浮かばなかった。


『ここ、座って!』
「………」
『えーと、確かここに…』


棚に登り、がさごそと何かを探す彼女の姿をただぼーっと見つめた。


(…主人と違って、片付けられた部屋だ…)


ふわりと香る匂いに思わず目を瞑る。


(この人の、匂い)


ゆったりと流れる時間
ふわりと香る華やかな芳香
物音のBGMが時を刻む


(心地よ)
『あった!』
「!!」


突然の声に体をびくりと強ばらせる。
彼女の持っていたのは包帯と消毒液。


「あ…あの、お気持ちは嬉しいんですけど」
『ん?』


にっこりと頬笑む顔を見て、何だか罪悪感が沸き起こる。


「私達の怪我は…すぐに治りますから手当てなんていいんです…」
『あ、そっか!そーだったよねーごめん、つい』


落胆するかと思いきや、彼女は反対に笑顔でからからと笑った。


『でも、それまで時間かかるでしょ?バイ菌入っちゃったら痛いからさ、』
「……」
『一応やっておくね!あ、でもバイ菌とかも消えるかな』


うーん、と唸りながら消毒液を軽く含ませたガーゼを怪我部分に宛てて包帯をまいていく


(主人に怒られてしま)
『ルクソードさんには私から説明するから安心して』


まるで心の内を読み取るかのように言葉を紡いだ。


『はい、できた』
「すみません…」
『すみません、より、ありがとうがいいなぁ。』


首を軽く傾け頬笑む彼女に私は小さく頷いた。


『でもいいなぁ』


彼女はそう呟く。
その顔は全ての悪を溶かす様な柔い笑顔にも見え、
逆に、悲しそうな笑顔にも見えた


「な、何が…でしょうか…」
『配下ノーバディがいて…私にはいないから』


この"機関"という組織には、配下がついているナンバー持ちと、ついていないナンバー持ちがいる


「貴方も…いらっしゃらないんですか」
『うん。私は戦闘向けじゃないからだと思うけどね』


お湯を沸かし、何かの茶葉をポットに入れながら彼女はこちらを向いた


『そういえば私、まだ名前言ってなかったね』
「あ」
『私、ナマエ。ねぇ、君達、配下ノーバディ達は名前とかあるのかな』
「いえ…ないです…そういったものは私達には無意味ですから」


そう告げると何故か頭を撫でられた


『…君達にも、早く心が手に入ればいいのね』
「…貴方は」
『名前で呼んで?さん、とか様なんていらないから』
「ですが…」


(仮にも主人と同じナンバー持ちですし)


『ほら、呼んでみてよ』
「あ…」
『ナマエ、だよ』
「………ナマエ、様」
『様はいいんだってばぁ』


あははと笑い声をあげる彼女はまるで心が、あるみたいな
ナマエ様はそんな色々な表情を見せてくれた。


それからも私達は、幾度となく会い、時には他の配下の者を集め、皆で仲良く語らいあかした。


何時迄も続く
そう思っていたのです


「主人……?」
「…ああ…お前か…」
「どうか、なさいましたか?」
「…何故我々ノーバディは…不安定な存在なのだろうか…」
「……主人?」


主人の悲痛な面持ちが、言わなくても私にもひしひしと伝わる。
胸騒ぎがした。


「どうか…なさいましたか…」


その先なんて聞きたくないと思っていたけれど


「ナマエが、消えた」


聞かなければ、いけなかった。
ナマエ様は、下級の私達全てに、優しく声をかけて接してくださった
だから私も
あの方がどうなったかどういう生き様だったか知り尽くせねばならなかった。


「そう、ですか」


主人は悲しそうな顔をしていた。羨ましい。その表情が出来る貴方がたの存在が羨ましいです。
私には、いえ、私達にはそんな表情出来はしません。
ぼんやりとしながら歩いていたら何時の間にかナマエ様と出会ったあの場へと来ていた。
無意識に、それとも呼ばれたように必然的なのか
それさえもわからなかった。


"おーい。大丈夫ぅ?"
「……大丈夫じゃ…ありません」


あの時が、鮮明に甦る。
私は何故、この場に倒れていたのでしょう


"ね、何で倒れてるの?"
「…ここから…月を見て…祈りを捧げていたからです」


そう、消えた方に向けて


"怪我、してるの?"
「…もどかしくて…自分の弱さを戒める為に…自分で傷を追わせました」


ああ、会いたい。
ほんの僅かな時間だったけれどナマエ様、貴方と居た時間は長く感じられた。
貴方といると、時を忘れられた


「ナマエ様…」
"様はいいんだってばぁ!"


この、焦燥感は何なのでしょう
貴方に会いたくて仕方がありません


「…ナマエ、様……」


貴方との距離は、遠いものでしたが貴方といる距離は儚くも短く、決してそれ以上縮められる事のない距離に私は何を思ったと思いますか
貴方が私の元へ一歩ずつ縮まる距離を私は倖せと感じていたのです


「…また…距離が開いちゃいました」


二度と縮まる事のない距離に私はただ鳴咽を漏らした


END

配下ノバデー賭博師→ヒロインナマエさん。
報われない…

06.11.16


イトハン