誰彼構わず愛想を振りまく姿は憎いと思うけど


反面、愛しい。


彼女がここに来てから僕は彼女ばかり見るようになっていた。
けれど、皆に分からないように、悟られないように、といつしか彼女を避けるようなかたちになっていた。


『ちょっと、ブライグ!料理中にくっつかないで!』
「いいだろ?ちょっとくらい」
『ああ、もうっ!退けー!』



ああやって、ブライグはナマエにベタベタくっついたり「好き」だの「愛してる」だのナマエへの愛を軽々と口にする。


「…ブライグ、いい加減にしろ」


ほら、来た。
めでたく彼女とお付き合いの段階まで行った


『ゼッ、ゼアノート!』
「ケッ。いいじゃねぇか。この研究所で唯一の女をお前が奪っちゃったからよー」
「下世話な事を言うな」


おたまをブライグの頬にぐりぐりと押しつけるゼアノートに、ナマエは、くすくすと笑っている。


(無邪気なものですね)


溜息を吐いてイエンツォは読みかけの本を持って立ち上がる。


『あれー?イエンツォ、どこ行くのー?』
「…貴方達が五月蝿いんで書庫に行きます。」
「おお行け行けネクラ〜」
『ブライグ!』


ブライグの言葉に気に留めず、イエンツォは講堂をでた。



******


「まったく…馬鹿ばっかりで苛つきます」


どかりとソファに腰掛け、読みかけの本を開いた。
何時間そうしていただろう
心地よい感覚にうとうとと、睡魔が眠気を誘う


(…眠たい…。でも続きが気になる…)


読みかけの本を持ったまま、イエンツォはソファに横になった


何故、彼女を、ナマエを見ているとイライラするんでしょう。彼女は何もしていないのに、何がこんなにも苛立たせるのだろう


苛立ちを残し、意識を飛ばす。そして夢を見る。
談笑している僕と、ナマエ。楽しかった時間は一気に絶望へとかわる。
ゼアノートに呼ばれた彼女は頬を赤く染めて彼の元へ走って行ってしまった。
伸ばした手は届かなく。


彼女は僕を置いて行ってしまったのた。


――僕を置いて、行ってしまう夢


「……っ!」


びくん、と体を震わせて目を開くと辺りは既に真っ暗だった。


(サイアク……寝てた…?)


つう、と流れた汗を拭い寝る前と違う事に気付く。


「…ブランケット……誰が……って…ナマエ?」


地に座り、すやすやと眠るナマエを見て驚く。
ソファを背もたれに体を支えてよく寝れるもんだとイエンツォは溜息を吐いた。


「ナマエ、起きてください。ナマエ」
『んん゛〜…?』


肩を揺らすが起きる気配はなく、仕方なく、ナマエの額に指弾きを食らわす。


『いっ――――!』
「目、覚めました?」
『イ、痛ぁ…い、イエンツォ…?あ、おはよ…』


少し赤くなっている額を擦りながらナマエはにへらと笑った。


「これ、貴方が?」


ブランケットを畳みながら聞くとナマエは頷いた。


「有難うございます」
『風邪引いたら大変だしさー』
「でも関心しません」
『は?』
「恋人が居る身で、他の男の傍らで寝るなんて…何されても文句言えませんよ。ブライグなら貴方はもう餌食ですよ」
『んな事するワケないじゃん〜家族なんだからさぁ』


ばしばしと肩を叩かれる。
正直、


(痛い…)


その無邪気な顔が憎たらしい。でも


「貴方は何で、そう危機感がないかな」
『えー?』
(好き、なんですよね)


はぁ、と溜息。


「いくら家族と言えど、血の繋がりはないんですから…だからゼアノートとは恋人同士になれたんですし、営みも行なうでしょう?」
『あー…はぁ、まぁ……』


はにかむナマエの顔が何だかむかついて


『でもみんなはそんな事ないよ〜私はみんなの事兄弟だと思ってるし、イエンツォだってそう思ってるでしょお』


まだそんな世迷い事をほざくナマエに悪戯してやろう
からかってやろうと内なる闇がじわりと溢れ出た。


『だから……イエンツォ?』
「アッタマ悪すぎ…」
『んな!失礼な!』
「本当にみんなや僕が何もしないと思ってるんですか?」
『うん』


ああ、もう何でこんなに頭悪いんですか貴方は


『おーいイエンツォー…?一体どうし……んっ…!?』

気付けば触れていた頬に指を滑らせて顎に手を掛けた。
ナマエの艶やかな唇に魅入って禁忌を犯してしまったのだ


『ん、ぷ……っ!なっ…』


荒げる呼吸をしながらナマエはイエンツォを見上げる。


『なっ…なな…何すんの!』


顔を真っ赤にするナマエを見て、自分のした事に馬鹿馬鹿しくなってゆらりと立ち上がればナマエは身を竦ませた。
彼女に一言、告げなければ


『イ、イエンツォ…?』
「バーカ。」


突然の言葉に目を見開くナマエの顔に、思わず声を出して笑いそうになった。


『なッ、何ですってー!!』
「キスくらいで驚く程のものじゃないでしょう?随分お子様なんですねぇ」
『こっ…この…!こらぁー!チョイ待てー!』


投げ付けられた本を避けながら書庫を後にする
思わず漏れた笑い
ナマエの事が好き。
でも、人のもの。でも


「恋い焦がれるだけならいいでしょう…?」


どうせ叶わないけど
想うくらいなら、いいでしょう?


イエンツォは顔を歪めて笑いながら、夕飯を食べるべく、一冊の本を開き、読みながら講堂に足を進めた。


(It overlooks you!!Know my feeling)


END

シン様…遅くなりましたがこんなんでよかったんでしょうか…!
へ、返品可能であります〜!ここまで読んでいただきありがとうございます!


06.11.4



イトハン