『ねぇ、サイクスさん、チョコの作り方教えて下さい』

ピンクのエプロンをつけて、突然ナマエが現れた。

「何だこれは」

焦げた匂い、血だらけのまな板、散らばる銀紙、変色した液体。
その悲惨な現場にかけつけたサイクスは目を疑った。

『ごめんなさーい…』
「な、にを…」
『だからね、えっと。明日バレンタインじゃん。だから、チョコ作ろうと思って』
「……チョコに鷹のツメやら蜂蜜は入らないが」
『色付けと、更に甘くしよーかと思って…』
「………鍋が焦げているのは何をしたんだ」
『チョコとかそうと思ってね、入れたら焦げた』
「当たり前だ。直火は分離して焦げる。で、血だらけのまな板で何を捌いた」
『これ』

困った様に笑ったナマエが差し出したのは

『指切っちゃった!へへっ』
「……ハァ……」

あちこち傷だらけの指。大方、チョコを刻もうとして指を切り、あまりの面倒臭さにそのまま鍋に入れたのだろう

「まず手当からだ」
『はーい』

救急箱から絆創膏を取り出し応急処置をする
近くに置いてあったエプロンを着て、髪を束ねる

「何作るんだ」
『トリュフー』
「ああそうだな不器用なお前にはそれが一番簡単だ」
『う…』
「チョコは適当に割って、器に入れて電子レンジで溶かせ」
『はーい』

その初歩的な作動さえ危うい手つき。それは胃痛をもたらした。
何度かの挑戦(する程難しくないはずなのに)で、やっとこさ生地が思い通りの硬さに固まった。

『これどするの』
「まず一口サイズにするから…こう、切れ目を入れる」
『生チョコみたーい』
「よだれ垂らすなよ」
『うん』
「で、これを手に取り、素早く丸めて…ココアを入れた器に入れる」
『お、おおお!』

ナマエの目付きが明らかにキラキラし始めた。しかし次の心配事が頭を過ぎる

「…ナマエ」
『ん?』
「"素早く"、だぞ」
『いえっさ』
「……」

本当に分かっているのか、と思いながら、後は任せてと言われたので腰掛けた

『ふんふーん』
「…誰にあげるんだ?」
『秘密!』
「……そうか」

何だか胸の辺りがもやっとした気がする
他の奴にあげる、と考えただけで何で手伝ったのだろう、と思った

『出来た!』
「よかったな」
『うん!』

笑顔のナマエを余所に、エプロンを外して束ねていた髪の毛を降ろす。
ガサゴソと聞こえるのはきっと箱にでも詰めているのだろう
時折、ぼとっ、という音が聞こえたのは聞こえない振り

「ナマエ、俺は部屋に戻るぞ?片付け、ちゃんとやれよ」
『うん、ねぇサイクスさん』
「何だ、まだ何か」

振り返ると同時にピンクと赤のリボンで彩られた箱。

「?」
『バレンタイン』
「……誰に渡せと?自分で」
『違うよ、サイクスさんに!』

はい、と手に渡され、その箱を見つめる
絆創膏だらけの指が視界に入り、顔をあげナマエの顔を見つめると屈託ない笑顔。

『サイクスさんにあげたくて…へへ』
「…俺、に」
『味は保証するよ!だってサイクスさん直伝だもん』
「…威張れる事じゃないだろう」
『あ、そーか!』

包みを開け、一つ口へ運ぶ。
ビターの味が口に広がり、先程のナマエの一生懸命の姿を思い出す

「美味しい」
『そ、そう!?』
「…ありがとう」
『へへ、どういたしまして!サイクスさん』
「?」
『大好き!』

眩しい笑顔と一生懸命の証に、思わず顔を綻ばせた。

「そういえば…血が混じったチョコは」
『あ、ゼムナス様にあげる』

少しだけ不憫に思いながら、チョコを口に運んだ。


(傷の分だけの愛をFor you!)


END


こっちも間に合わなかった…!ママンはきっと器用だからこれしか浮かびませんぜ。
血入りチョコで食中毒起こす茄子様とその他のお話はまた後日。フリーですのでご自由にどうぞ

08.2.14



イトハン