「…嫉妬。」

パラパラとページをめくる音が耳を支配する

「410ページ…」

数枚の紙が重なったと同時にその辞書はバタン、と閉じられた。

「…妬み、嫉み、か…」

この胸のむかつきも?

「ナマエ」
『あ、ゼクシオン』
「一緒にお茶しませんか?クッキー焼いたんです」
『うん!あ…、と…ごめん!先約があるんだった』
「先約?」
『うん、マールーシャ。』

そう告げるとゼクシオンはぴくりと眉を吊り上げたがすぐにいつもの笑みを浮かべた。

「そうですか」
『ごめんね…本当ごめん!ちゃんと埋め合わせするから!あ、クッキー残しててくれる?ゼクシオンが焼いてくれたんだから食べたいな』
「…ええ」
『じゃっ』

深々と頭を下げ、ナマエは走り去っていく。
取り残されたゼクシオンは冷めた目つきで手にしていたクッキーを地面に落とし、靴裏で踏み潰した。

「…何で貴方はいつも僕から逃げるんでしょうね」

散らばったクッキーを更に踏みにじりその場を後にした。
部屋に戻る途中、マールーシャの庭園でナマエとマールーシャが話していた。

「…お似合いですね。誰が…見ても」

そう呟くとこちら側を向いていたマールーシャと目が合う。
ぼんやりとゼクシオンを見つめたかと思えばにやりと厭味を含めた笑みと目つきを送ってきた。

「――!」

その意味が分かったゼクシオンは苛立ちを隠し部屋へ向かう足取りを早めた

(何なんだ、あの男…!僕とナマエが付き合っている事を知っているくせに…それをあんな…見せつけがましくっ…)

談話室に入りソファにどかっと座ると目の前のソファに座っていたラクシーヌがものすごく嫌そうな顔をした。

「ちょっと。ソファにあたるのやめてよ」
「五月蝿いですよ」
「またナマエの事?さっきまでお花飛ばして歩いていたくせに」
「飛ばしていません。…貴方の相棒、どうにかしてくれませんか。いっそ首輪でもつけて調教し直して下さい。」
「やっだ。アタシあいつの飼い主じゃないしー」

ラクシーヌは意地悪そうにけらけらと笑いながら先程あげたクッキーを頬張っている

「クッキーどうしたの?ナマエにあげたの?」
「捨てましたよ」
「なんで」
「出来立てを食べてもらいたいのに食べてもらえないくらいなら捨てた方がいいと思いまして。」
「勿体ない。アタシが食べてあげたのに」
「…そうですね。」
「ゼクシオン、お茶」
「貴方何様ですか」

文句を言いながらもゼクシオンはてきぱきと紅茶を入れて差し出した。
ラクシーヌはお礼の言葉を紡ぎゼクシオンの作るお菓子の事を褒めた
他人に話を聞いてもらった所為かゼクシオンの中の苛立ちは消えていた。
が。

『あ、ゼクシオン、ラクシーヌ』
「あらナマエ……マールーシャ」
「仲良くティータイムか」
『いいなー』
「……」

二人して談話室に入って来た姿を見てゼクシオンは再び不機嫌になった

『クッキー!食べていい?いただきまー』
「駄目です」

ナマエが伸ばした手はクッキーに届かず。
きょとんとした顔がゼクシオンを見つめた

「…貴方に差し上げるクッキーはありません。これはラクシーヌの為のものです」
『え…』
「ちょっと、ゼクシオン…」
「それに貴方には僕の作ったものはもう必要ないでしょう?貴方には作ってくださる方もいらっしゃるようですし」
『ゼ、ゼクシオン…?』

困惑するナマエにそう言い放つとソファから立ち上がりナマエから逃げるように談話室をあとにした

『……』
「ナマエ、そんなに食べたいなら食べていいわよ」
『ううん…』
「あ、そ」
『ゼクシオン…私のこと嫌いになったのかな…すごく怒ってたような…気がする』

まだ湯気のたつ紅茶に視線を落としたままのナマエがぽつりと呟いた。

『ラクシーヌの為の、って…二人ともやっぱり…』
「冗談やめて。あんな根暗、私のタイプじゃないわよ」
『でも二人ともいつも仲良しで…私なんかが話に入れないオーラ放ってて…』

ナマエの目の縁に涙が溜まり始める。
ラクシーヌは大きく溜息を吐いた

「…あのさぁ、アンタも悪いと思うわよ?」
『え…?』
「最近アンタも常にコイツと居るじゃない。」
「……」
『そ、それは』

ごもごもと口ごもるナマエ。マールーシャは今だ黙ったままだ。まるで興味がない、とでも言うように

「傍から見たら、あの二人付き合ってんだーとしか思われても仕方ないと思うし」
「誰かさんが嫉妬するのも仕方がないな」
『え…嫉妬?』
「ゼクシオン。私にお前を取られて激しく嫉妬に駆られていたと思うが」

それを聞くなりナマエは立ち上がり、走り出した

『マールーシャ!あれ、もう見せてもいいんだよね!』
「好きなようにするといい」
『うん!』

慌ただしく出て行ったナマエを二人は見送り紅茶を啜った。


******


『ゼクシオン、ゼクシオン!』

ゼクシオンの部屋の扉を勢い良く開くと部屋の主は何かを作っていたのか台所で包丁を持って立っていた。

「…何かご用ですか」
『あ、あのね…』
「…今、僕に構わないでくれます?」
『っ…見てもらいたいものがあるの。来て!』

包丁を持った手の反対側を掴みゼクシオンを引っ張って部屋を後にした。
目指した先は――

「…マールーシャの庭園…」
『これ』
「…これは?」
『千日紅って言って…マールーシャにこれ育つまで育て方教えてもらってたの』

それは小さな可愛らしい花々。
小さなプランターに植えられたその花を手に取りゼクシオンの方を振り向いた

『貰って…くれる?』
「え?」
『どうしてもゼクシオンにあげたくて』
「……もらいます。ナマエが育てたんですから」

そっと手を包んで取るとナマエは恥ずかしそうににこりと頬笑んだ

『花言葉は…後で自分で調べて』
「知ってます」
『え?』
「"不滅の愛"…でしょう?」
『あああっ後でって…言ったのにっ』

顔を真っ赤にしたナマエをぎゅうと抱きしめる。
ナマエは驚いたように目を見開いた


『は、花潰れちゃう…』
「僕は貴方の想いに嬉しすぎて潰れそうです…」
『もう…あ、ねぇさっき何作ってたの?包丁は?』
「レキシコンに封じましたよ、料理は…わかりません、何を作ろうとしていたんでしたっけ」
『えぇ?』

ゼクシオンの部屋の台所には無惨に散らばった林檎が残されていた。


END?


その頃、そんな二人を余所にマールーシャとラクシーヌは未だ紅茶とクッキーを頂いて楽しんでいた――

「アンタさぁゼクシオンからかうのやめなさいよ」
「滅多に表情を崩さないあの男がナマエの事になると凄く変わるからな。面白くてついつい。」
「悪趣味…」


END


美羽さまリクエストです。大変遅くなりました!策士さまお相手ですが、嫉妬ものなのですが…策士さまとヒロインどちらも嫉妬してるよーに読めるようにしてみました。ヒロインバージョン少ないですが。お気に召したら幸いです。返品可能です。リクエストありがとうございました!



イトハン