彼が私を見てくれないのなら
見てくれるようにすればいい。どんな手を使っても、私は彼に愛されたいの。
でも、それは無意味。


彼が好き。大好き。でも私は知ってる。彼は違う人を好きなんだって。話しているのを偶然聞いた。
彼は私のような不完全な存在ではなく心がある完全な存在の人間に惚れてるのよ。
私も聞きたくて話の中に入ったけれど彼は私の事を嫌っているから私が近付くとものすごく嫌そうな顔をするの。だから、私はただ一言謝ってその場を後にした。
彼に近付きたいのにそれは許されない。

――さみしい。

だから、私は

『っは…あ、あぁッ』

他の人に"抱いて"もらう。
街に居る何処の誰か分からない男とか、どっかのスラムに行って私を買ってくれる男とか、時には機関の仲間とか。
だってその間は何も考えなくていいもの。
ただ快楽に浸ればいい。流れる涙は悲しいからじゃない。嬉しいから。
こんなに私を必要として私を抱く人が居るから。
だから私は寂しさを満たす。

「…ナマエッ」
『…なーに…?』
「何故、こんな…事を…?」
『…わかァんない…』

今日は任務で街に行ったけど駄目だった。まぁ、スラムの男達でもよかった。スラムの男達には少々酷い目に合わされたりするけど、満たされれば私は何でも構わない。
でも任務の帰りだったし、任務のパートナーがレクセウスだった。だからレクセウスを誘ったの。
談話室で任務の話をしながら報告書を書いて、その時誘った。嫌がってたけれど薬を盛ればあっという間。

「お前…ザルディンが好きなんじゃ、ない、のか」
『うんッ…、好き…。はっ…大好き…』
「なら」
『でもザルディンは私の事、嫌いなの…』
「ナマエ…こんな事は、止めた方が……っ」
『嫌。だって、寂しいもの。ふ、ふっ…レクセウス、ラクシーヌと同じ事…っん、言ってる』

そう言って、逞しい身体に吸い付く。お互い羽織ったままのコートが乱れていて、いつ誰が来るかわからないこの部屋でする事で一層私を満たしてくれた

「寂しいからと言って、こんな事を…してたら」
『レクセウスは本当、真面目だね』
「ッ…、くっ」
『ふふ、身体はこんなに正直なのに。』
「ナマエ…、こんな事続けてたら…あいつに…ますます嫌われ、る、ぞ」
『…そぉ、だねっ』

ぼたりと何かが落ちた。あぁ、きっと汗だ。
目が熱い。身体が火照ってる。
視界が歪む。絶頂が近いのね。
涙じゃない。だって私はもう

『…イカせて』

泣けないもの


******


白い廊下。錯覚起こすほど何もなくて真っ白。
広くて長い。まるで出口のない道にしか見えなかった。
私はその道を歩く。
大丈夫、大丈夫。と呟きながら。
黒い靄が目の前に広がった。回廊だ。中から出て来たのは

『…ザルディン』
「……!」

私の姿を目にした彼は驚きに目を見開いていて、衣服の乱れた自分の格好に驚いたのかと思って、ただ、にこりと頬笑んだ。

『任務?お疲れ様』
「……」
『…』

目を鋭くして睨みつける彼の目は私を嫌悪する目。
彼がそういう風に見ても私は笑顔を崩さない。
だってもう、何も感じない。

『通り道、邪魔してごめんなさい』

彼の横を抜けると強く捕まれた。
捕まれた腕が、音を鳴らせた気がした。でも私はただ顔を痛みに歪めたまま彼を見つめる。

『…なに?離して…汚れちゃうよ?』
「とんだ阿婆擦れだなお前は」
『…そうだよ。だからなーに?』
「……!!」

彼の目にはきっと私はにこにこと笑ってるんだろう。
彼はより一層眉間に皺を寄せていた。

「他の男に抱かれて楽しいか」
『うん。だって、満たしてくれるもの』
「満たす?」
『寂しいんだもん。だから、私は抱いてもらうの。私も相手も満たされて一石二鳥』

強く腕を振り払うと彼は戸惑ったように手を彷徨わせた。
私は彼の姿を目に焼き付けて目を閉じる。そしてそのまま終わりのない廊下を歩く。
私は気付かない。
徐々に暗い闇からの使者の手が私を捕らえようとしている事を。

「ナマエ!」

急に名前を呼ばれ、再び捕まれた手を引っ張られ私は驚いて見上げる
彼はすごく複雑そうな顔をしていた。何事かと思って首を傾げると彼は目線を逸らして言った。

「お前…いま」
『?』
「…何処へ行く」
『なんで?』
「いいから答えろ」
『わかんない…あったかいとこ』

そう、気付いたのだ。
私をもっと満たしてくれるのは、ここにはない、と。
だから

「暖…かい?また他の奴の所に行くのか」
『…だったら悪い?それとも何?ザルディンが私を暖めてくれるわけ』

冗談で言うとすごく不機嫌そうな顔。ああ、機嫌損ねちゃったな、そう思いながら笑う。

『冗ぉ談だよ。』
「……」
「何してるの」

背後からかけられた声は振り向かなくても分かった。可愛いらしい女性の声。
ヒールの音はこの広い廊下に良く響く。
ザルディンが掴んだ手は緩まることはない。がっしりと捕まれたままだ

「ナマエ…」
『ラクシーヌ、おかえり』
「あんた…また」

声に怒りが含まれている。私は苦笑し、ザルディンに離して、と呟いた。けれど離す気のない彼にラクシーヌは一睨みし、ぴりりと小さな音を鳴らした。
それに気付いた彼はゆっくりと私から離れた。

「ナマエ、あんた…っ!アタシ言ったわよね」
『ごめんなさいごめんなさい』
「ナマエ!」
「おい」
「あんたは黙っててよオジサン!」

声を荒げると同時に周りに電流が走る。
ラクシーヌの顔が少し泣きそうだった。私は他人事のようにぼんやりとその様を眺めていた。

「あんたに何が分かるのよ!」
「おい落ち着け。」
「ナマエはあんたが好きなのに!あんたが冷たくするからナマエが壊れてくんじゃない!あんたの所為でナマエはっ…、」
「…ナマエが…何だって?」
「……!」
『ラクシーヌ…』

ラクシーヌはしまったと言う顔をして気まずそうに私を見た。私が好意持っている事を知られてしまった。
でも私は険悪な雰囲気な二人と違って笑顔を張り付けていた。

「ナマエが…俺を?」
「……」
『うん。私、ザルディンの事好きだよ。でもザルディンは私の事…大嫌いだもんね。ごめんね』
「……何故謝る?」
『だって気持ち悪いでしょ?』
「何?」
『色んな人と交わってる私がザルディンの事好きなんて』
「ナマエ!」

乾いた音が響く。ラクシーヌの手の平が頬に刺激を与えたのだ。
咄嗟の事で受け身を取れなかった私はよろけてしまう。

『…あたた…痛いって』
「……そうだな」
『ん?』
「他のやつと交わって喜ぶ奴に好かれてると思うと身の毛がよだつ。だが」
「ちょ、あんたねぇっ!」
『でしょう?ねぇ、もう行っていいかな。サイクスに報告書持って来いって急かされてるの。とりあえず今の話忘れてね。ラクシーヌもごめんね?今まで心配かけてごめん』

言葉を遮ったのは、私は核心を得ていたから。次に来る言葉を理解していたから。だから私は回廊を開いた。しゅるり、と音とともに開く。私は二人に手を振って回廊をくぐる。
閉まる直前に何かを言いかけている彼と目が合ったが回廊は口を閉じた。

『"身の毛がよだつ"…だって』

呟き、乱れた格好を整える。回廊が口を開けた。サイクスの部屋――ではなく

「グワ!!」
「]V機関!?」
『こんばんは、ソラ』

今、騒がれている少年の元。
私は頬笑んで武器を構えると彼らも武器を取り出した。

『簡単にやられてあげないわ。でも早く私を』
「来るぞ!!」
「気をつけてぇ!!」
『……逝かせて』

武器のぶつかり合う音がまるで音楽だ。
光を纏う武器が私を追い詰める。身体が震えた。それはきっと寒いから。
だから、早く私を、"それ"で暖めて。






水音がする。
薄れかけていた意識でぼんやりとそう思った。地面に寝転がる私の身体を雨が濡らし赤い血が雨を含んで広がる。私の身体の周りを漂う黒い靄。

『……あった…かい…』

ぱしゃり、と水を含んだ足音。私から漂う闇に誘われ、ハートレスが集まり始めたんだろう
そのままゆっくりと目を閉じた。

『……ごほっ』

雨に打たれる感覚が気持ち良くてそのメロディを耳に残す。
すぐ側で、ばしゃり、と足音がして水が跳ねた。

「…おい…っ」
『……?』
「…そんな所で…寝ると風邪を引く」
『……』

聞き慣れた声にゆっくり目を開くと、近付いていた足音はハートレスではなかった。

「……ナマエ」
『あ、れ?ザ、ルディン…まぼろし…』
「…何故っ…」
『…通り道、邪魔して……ごめんな、さい…』
「ナマエ」
『すぐ、消えるから…待って…』

身体を覆う闇が濃くなる。
せっかく満たされ、暖まっていた身体が冷えてきた。
早く、と呟いて空に向かって手を伸ばすと身体が抱き起こされる。

「やめろ!」
『…離して…』
「ナマエ」
『もう、疲れたの…』
「ナマエ!」
『ザルディン、にも、知られたし、…ラクシーヌだって…たくさん苦しませて泣かせちゃったし…早く、あったかく、ならなきゃ…早く…』

譫言のように呟いていると身体が包まれる。それがザルディンの身体だという事に気付いたのは、彼の吐息が耳元で当たってからの事だった

「消えるな」
『…同情なら…いらない…』
「頼む…頼むから…消えるな」
『消えたほうが…いいでしょ…?だって、貴方は私のこと、きら』
「巫山戯るな!」

抱きしめられた身体が更に力が篭る
弱々しく押してた手が掴まれた。

「…消えるなと言っている」
『…いたい…』
「お前は俺の思いまで…聞かないのか」
『…思、い…?…ごほっ…』

雨の雫が目に入って流れる。冷たかった身体がだんだんと暖かくなっているが、身体を覆う闇は今だ溢れ出したままだ。

「お前を愛している」
『……』
「…ナマエ…、ナマエ!」
『ありえない…』
「俺はずっと」
『…やさしい…まぼろし…』
「幻などではない!俺は!」
『……ありえない…』

顔を背けて、耳を塞ぐように手で押さえた。
かちかちと歯が鳴る。呼吸が早くなったのが自分でも分かった。

『ザルディンは……ザルディンには…すきな人が…いて、ザルディンは…私を嫌って…嫌ってて…』
「お前が…他の奴と身体を貪り合ってる事を知って腹立たしかった。お前が俺を思っていると聞いて俺の思いを告げようとした。だがお前はいつも俺の話を聞かずに何処かへ行く!」
『私は……』
「ナマエ…だから…消えるな」

顔を合わすように頬に手が添えられる。
雨が目に入って、顔なんて見えなかった。
ザルディンの頬に震える手を伸ばしたが触れるのを止めた。触れてしまえばきっと、もっと温もりを欲しがるから。

「ナマエ…?」
『無理だよ』
「何が」
『もう、ておくれ』
「っ…大丈夫、ヴィクセン達に頼めばすぐに」
『……やさしい…嘘、を…ありがとう…』

嫌いなくせに困った人を放っておけないあなたが好き。
そう吐き出したはずの言葉は声にならず、代わりに笑顔を向けた。
暖かかった身体は急激に冷える。真っ黒な靄が目の前を覆い、私は目を閉じた。


END

すみません…_ПО

イトハン