台所の片付けをしているとノック音が聞こえた気がし、泡だらけのカップを流す水を止めた。

『……?』

気の所為だろうか、と考え蛇口を捻ろうと手を伸ばすとやはり空耳ではなく少し大きめのノック音。
慌てて扉を開けると先程別れたゼクシオンが立っていた。

『ゼクシオン?』
「すみません、何かやっていたんですか?」
『洗いものしてたの、出るのが遅くなってごめんね。どうしたの?』
「これを渡そうと思って」
『あ』

手渡されたのは小さなノート。以前ゼクシオンに貸してとお願いした――

『レシピ帳!』
「はい」
『借りていいの?』
「いえ、差し上げます」
『えっ!?でも』
「僕はもう書き写し終えましたから」


にこにこと笑ってノートをぐいっと押される。
ノートとゼクシオンの顔を交互に見て、一言、ありがとうと呟く。

「何か分からない事があったら遠慮なく聞いてください」
『うん、ありがとうゼクシオン!本当にありがとう』
「いえ」
『書き写すの…大変だったんじゃない?』
「ナマエのためなら何でもしますよ、僕」
『あははっ嬉しいなー!頑張ったんだ?』
「はい」


パラパラとめくり、綺麗な字で書かれたレシピを見てわくわくした。
ゼクシオンの作る料理、菓子は絶品なのだ。私は明日は菓子作りに励もう、とはにかんだ。

「ナマエの為だから、頑張れたんです」
『またまた〜』
「先程も言いましたが僕はナマエが好きなんです。だから好きな女性の為なら何でもしますよ」
『へぁ』
「あと、これ」


不意の告白に私は固まって。ゼクシオンがかわいらしいリボンがされた透明の袋を取り出して差し出した


『これは?』
「フィナンシェです。ナマエが食べたいと言っていたので昨日焼いたんです」
『ありがと…』


顔が熱い、と思いながらそれを受け取った。
がしっと手を掴まれ目を見開く。ゼクシオンはその綺麗な顔についた唇をつりあげた。


「僕、これでも、尽くすタイプなんですよ?ナマエ。」

外された手に熱がこもっている。
いつものゼクシオンと違う雰囲気に思わず生唾を飲み込む。


『ゼ、ゼクシオンじゃない…』
「あぁ…いつもはナマエの前で猫かぶってますからね」
『猫かぶっ…!?』
「どうやらライバルが多いようなので…意地を張らずこれからは素で、存分にナマエとお近づきになろうと思います」


にっこりとした笑顔はまだ崩されず、ゼクシオンはまた明日、と囁いて戻って行った。ふわりと香る甘い匂いに思わず足に力が入らず。取り残された私は室内に戻り、ゼクシオンから貰った菓子を食べた


『あまい…美味しい。』


瞬間、先程のゼクシオンとの距離を思い出す。また顔が熱くなってきた
あんなゼクシオンは初めて見た。いつも弟みたいに可愛いと思っていたのに。


『…カッコイイなんて反則…』


ソファにぼすんと倒れ込んで、ノートを抱きしめた。


END

菓子絡み。徐々に好きと気付くヒロイン。
お読み頂きありがとうございました!


イトハン