「ナマエ様」

暗い闇の中、彼女はただ座って、手元にある本を眺めていた


呼び掛けても無反応。
あぁ、まただ

「ナマエ、様…」

集中してこちらの気配に気付かない。それに夜は昼間と違い部屋の気温が冷たくなる。
いつものコート一枚しか羽織っていない彼女。
自分の近付く足音さえも彼女の耳には入っていない。自分の存在さえ、彼女に知られていないと思うと胸が締め付けられた。

「ナマエ様。風邪を引かれます。御召し物を」

自分のコートを脱ぎ、肩にかける
それから何分くらいたっただろうか。不意に彼女はもう止まってしまっているんじゃないか、幻影を見ているんじゃないかと思い彼女の髪の毛をかきあげて耳にかけると虚ろな瞳がぱちりと瞬きをした。
ああ、彼女が戻って来た。

『……ん?…あれ?ドラグーン…何してるの』
「いえ、何も…。ナマエ様が風邪を引かれるといけないので無礼を承知で自分のコートをかけさせて頂きました。」
『そっか…だから暖かかったのねありがとう。』

頬笑む彼女は本当に綺麗で、自分の姿を彼女の瞳に映してしまっていいのかと思って顔を覆う兜をつけた

『どうして隠すの?』
「いえ…」
『綺麗な顔をしているのに勿体ないよ』

細く白い指がかちゃりと兜を外す
目を開くと頬笑みを浮かべてこちらを見ていて何だか恥ずかしかった

『ほら、綺麗』
「ナマエ様…あの、」

吐息がかかるほど顔が近い。
ああ、顔が熱い。きっと赤いに違いない。
こんなにも綺麗な彼女の姿を間近で見る事はない。

『脈、早いね?』
「……」

からかう様に笑いながら胸に手を置かれたかと思うと、彼女は顔を手と同じ様にぴたりとつけた

「なっ、ナマエ様ッ…」
『早い、鼓動。似てるね』
「…え…?」
『星の瞬きと。』

指をさす場所を見ればあのハート型の月の周りに疎らな大きさの星達。
それはちかちかと光った。

『…ね?』
「は、はい」
『星達がね、瞬きするのは何故と思う?』
「……ここに居る、と、教えている、から…?」
『それも一つの答え。星達は、謡っているんだって』

暖かな体温が離れ、スラリと伸びた手が本を掴む。
それは以前マスターが読んでいた――

「賢者の…」
『そう、賢者アンセムの。彼は本当にすごい偉人よね…』

嬉しそうに話す彼女はまるでずっと先の方へ居る様で、
――眩暈が、した

『ドラグーン』
「…っ!は、い」
『君のメロディを、もう一度聞かせて?そうすれば寝れるから』

彼女が触れていった場所が熱い。

「仰せのままに、ナマエ様」

腕を広げると小さな身体が倒れ込み、恐る恐る包み込んだ。
壊れないように、壊さないように、そっと。


END

割れ物扱い。


イトハン