ずくりと鈍い痛みが襲う。
その痛みの所為で起き上がるのもままならない。
けれど、もう時間だ。
寝ている暇なんてない。
彼が来る前に、部屋から出て行かなければ。
そう思うのに身体が動かない。
苛立ちながら、痛む身体を叱咤しながらゆっくりと起き上がる。
ああ、せっかく治りかけていたのに。
そう思いながら立ち上がった。


『ごほっ…いた…』


乱れた髪を直すこともなく、ふらふらと覚束ない足取りで部屋の扉へ向かう。
目の前に黒い靄が現れた。
ああ…間に合わなかった。
そう思い、私は目の前の靄――回廊から出て来た男を見つめた。


「ただいま、ナマエ。」
『……』
「…ただいま?」
『…お帰り、マールーシャ』
「何処へ行こうとしていたのかな?」
『…任務』
「そうか」


にこりと頬笑みを浮かべた彼は他から見たら綺麗な顔をしているんだろう。
けれど私には、彼の姿は悪魔にしか見えない。
頬笑みを浮かべたままの彼を見つめていると歩み寄って両腕を伸ばしてきた


「ナマエ…」


優しい声で囁かれ、世の中の女性なら彼に腰を砕かされるだろう。
けれど、それは違う。
その声は彼が変わる瞬間。小さく声を漏らしたと同時にぎゅう、と抱きしめられる。


『ッ』
「…ちゃんと、真っ直ぐ帰って来れるか。」
『っ、ええ…』
「早く終わらせて帰って来れるかい?」
『…』


するりと離れる腕。
彼の温もりがなくなっただけでこんなにも安心するなんて。
そう思った矢先に顎を捕まれ、口付けをされる。


『んっ!?…ふ』
「は…ナマエ」
『ッ!!』


不意に小さな痛みと口の中に鉄の味が広がり、彼を突き飛ばした。
彼は驚いたように目を見開くがいつもの顔に戻った。


「急に何をするんだ?」
『…唇…噛んだから』
「いいじゃないか」
『…ッ』
「お前は私のものなのだ」


にこりと頬笑みを浮かべたと同時に頬に痛みが走る。
そして頭に衝撃。
どうやら受け身が取れずそのまま壁に頭をぶつけたようだ。
痛む頭を押さえて起き上がろうとすると腹に鈍痛。
刺激が来た事により吐き気がするし何より先の暴力に骨の何本かが折れているかもしれない。
痛くて痛くてたまらなかった。


「駄目だろう?そんな顔をしては」
『かはっ…』
「まったく…ナマエは照れ屋だ、な!!」


最後の言葉と同時に頭を踏み付けられる。
このまま踏み潰してくれたらどんなに楽だろう。だけどこの男はそんな事をしない。


「ナマエ」
『ぁ…ぐっ』
「…駄目だろう、ここから出ては」
『イッ…!あ゙ぁあ!』
「まったく…何度も言っているのに聞き分けがない」


頭を踏み付けていた足が退けられて、しゅわりと音がする。そして甘い香り。
マールーシャの手には彼の武器が握られていた


「そうだな…足を切り落としてしまおう」
『……』
「そうすれば」
『…い、ぃよ……好きに、する、と…いい…。足を切り、落とそ…が…首を刈ろ、うが…好きにす、ると、い…い』


意外だったのだろう。マールーシャは目を見開いていた。
その顔を最後にもう目が覚めなければいいと思いながら私は目を閉じる。
いつものように意識が無くなる瞬間だ。


「…ナマエ。」
『……』
「お前を思うと、そんな事は出来ぬよ。」


そうしてふわりと抱き上げて寝室へと運ぶ。
花びらのように散らばった赤い印のシーツを纏ったベッドの上にナマエを寝かす。


「こんなにも恋い焦がれているのに…そんな非道な事は出来るわけがなかろう」


優しく囁き、青ざめ、色を失ったナマエの唇に口付けを落とす。


「明日は非番だ…何をしようか?おやすみ、私の愛しい人。」

(I go wrong for you)


END

11ってほら、監禁ばっかじゃないですか。波音ちゃんとか勇者とか!
…11好きさんすみません。


イトハン