『ひどいよこのバカ!』
「いてっ!何だよ俺が何したよ!ちょっ、ナマエちょっと待て!つーかゼムナス!お前も止めろよ!」

枕で自分を守るシグバールに、私は容赦なく物を投げ付けた。
枕、ぬいぐるみ、時計、お皿、果ては刃物。
やりすぎだと思っていない。だって今回は頭に来た!


『クリスマス一緒に過ごすって約束したのに!どーいう事!?』
「だァーかーら、仕方ねーんだって…今日のパーティー行かねーと今後の任務に支障が」
『知らない!』
「おい、ゼムナスー…」
「ナマエ、仕方なか」
『五月蝿いこの悪魔ッ!だいっきらいだばか!』
「ナマエ!」


勢い良く扉を閉めて部屋を後にする。
涙がこぼれ落ちそうなのを我慢して、廊下を駆け抜けた。

『ゼムナスのバカ、顔黒、牛のくせに』

ぶつぶつと愚痴を零し回廊をくぐり抜ける。
二人になって最初のクリスマス。シグバールから、一緒に過ごそうって言ったくせに。ゼムナスもそれを知っているはずなのに、今日任務をいれた。
おかげで私は一人ぼっちだ。
部屋に足を踏み入れると目の前にこの日の為に用意したケーキがテーブルに置かれていた。
むしゃくしゃが治まらず、私はフォークを取り出してケーキに突き刺した。
サンタさんが見事に即死してしまった。
そしてガッツリ頬張る。


『…おいしくない』


口を汚したクリームを拭き取り、フォークをかじり啣える。
無惨にぐちゃぐちゃになったケーキをテーブルに戻し、フォークを突き立てた。


『ぃよーしッ!他のワールドに遊びに行こ!』


むしゃくしゃ気分を無くすために買い物しまくろう。そう思い、回廊を開いてくぐり抜けた。



*****


街は綺麗に彩られていて、周りはカップルばかりだった。当然、私は後悔する。ショーウインドウに一人で写る自分の姿は何とも惨め。
クリスマスなのに本当惨めだ。


『……』


溜息を吐きながら大きな時計台の下まで歩いて来た。
ひやりとした感覚が頬を掠めた。

『うそ、雪?……あーもう。』


時計台の針が、12時ちょうどを刺した。大きな鐘の音が街中に響き渡る。
空を見上げてちらちらと降り注ぐ雪を見つめた。


『シグバールのばか…』


目頭が熱くなった。頬に冷たい筋が通る。涙が零れたのが分かった。

『シグバールのバカー!!目ん玉くり抜いてやるからー!!』

大声で叫ぶ。周りを歩くカップルの小さな笑い声が聞こえる。イライラしたけれど、それも吹き飛んだ。
なにもかも、馬鹿げて思えた。

『会いたいよ、一緒に居たい…』


流れ落ちる涙は止まる事を知らない。
まるで流しっぱなしの蛇口のようだわ。拭おうとポケットからハンカチを取出すと同時に人とぶつかる。


『あ…、すみませ…わっ!?』


謝ると同時に身体が引き寄せられた。
見知らぬ人に抱きしめられている、そう気付き耳に、暖かい吐息がかかり驚いた。


『なっ、やめてくださっ…』
「やーっと見つけた」


その声に驚いて、身体を引き離した。
けれどまた引き寄せられて正直苦しい。


「この不良娘。どこほっつき歩いてた」
『うるさい。なによ…いまさら』
「俺はすぐ任務終わらせて帰って来たのにだーい好きなカワイイナマエちゃんはどっこにもいねぇし」
『……うそつき』
「嘘吐いてどーすんだってハナシ」


シグバールのコートを握る。微かに、身体が冷たい。
私の身体が冷たいのか、シグバールの身体が冷たいのか分からなかった。


「何時間、探したと思ってやがる」
『…ごめんなさい』
「他の奴らに盗まれてたらどうするかとか思ってたんだぞ」
『ものじゃないんだから…』


背中に腕を回すと、一層距離が増した。耳に当たるシグバールの胸。そこから聞こえる鼓動は、とても早かった。


『さみしかった』
「ごめん」
『さみしかったの』
「分かってる、ごめん。本当にごめんな」


きつく、きつく抱きしめられ、くっついた所からだんだん暖かくなってくる。
温もりが本当に暖かくて、嬉しくて涙が溢れ出した。


『シグバール…』
「ナマエ、いいか」
『…なに?』


ゆっくりと離れた身体。熱を失った所為で、身体がまた冷え始めた。
思わず身震いする。
白い吐息を零すシグバールを見上げると長い指が頬に触れた。


「…ナマエ、」
『ん?』
「これ、やる」


差し出された小さな箱。指輪?と思ってしまったが指輪の入る箱よりはやや小さい。
シグバールを見上げると、じぃっと見つめられ、何だか恥ずかしかった。


「部屋帰って、仕切り直すぞ」
『え、でも、ケーキない』
「あー、見た。あれにはゾッとした。」
『だっ、だって!』
「だから、ケーキも買い直した。お前の好きなチーズプリンも買ってきた」
『早く帰ろうシグバール!』


好物があると聞いて私は苦笑するシグバールの手を引く。
路地裏に入り回廊を開いてくぐり抜ける。暖かな部屋にはこの部屋を出る前と変わらない。
ううん、少しだけ足されていた。


『きれい』
「だろ」
『うん』


揺らめくキャンドル、真ん中に置かれた可愛いケーキ。洒落たシャンパングラスがテーブルに飾られていた。
シグバールに椅子に座るよう足されてシャンパンを注がれる。


『か、乾杯』
「かんぱーい」


なんだかさっきまでの寂しさが嘘のようで、一人でいたのが嘘のようで嬉しくて泣いてしまった。


「なに泣いてんだ。ケーキ、まずかったか」
『違う!嬉しくて…』
「ほーんと、ナマエは泣き虫だよな」
『うっうるさいなー…あ、プレゼント!開けていい?』
「あぁ」


小さな小さな箱。綺麗な包みを開けるときらりと光る石のついたピアスが入っていた。


『綺麗…』
「気に入ったか?」
『うん!かなり!ありがとうシグバール!』
「どういたしましてー」
『つけてくれる?』


そう呟くとシグバールは椅子から立ち上がり、耳に触れた。
触れられたところが、熱い。


「ナマエからのクリスマスプレゼントはねぇの」
『あ』
「…もしもしお嬢さん?その顔は忘れてたな?」
『わ、忘れてないよ!あのね…その』
「なに、ナマエくれるわけ」


ピアスをつけ終わり椅子に座り、にやりと笑う顔は完全にからかいモードだ。
恥ずかしくなって視線を泳がせる。シグバールはどうやら意味を悟ったらしくシャンパンをグビグビ飲んだ。


「ナマエ」
『…な、に?』
「クリスマスは今日だけじゃない」
『え?』
「来年も、絶対一緒に過ごそう。過ごしてくれる、…よな?」


少し不安そうに尋ねてくるシグバールの顔がなんだかまるで叱られた後の子供のように見えてしまって、私は笑ってしまった。


『当たり前じゃない。今日の埋め合わせしてもらうから、来年のクリスマスも』
「そーか」
『うん』
「よし、ケーキ食ったし、ナマエ食いたいんだけどイイ?」
『だからっそーいう露骨な表現やめてよもうっ』


恥ずかしさのあまり、まだ残っているケーキに手を伸ばした。
どうやらこの目の前のサンタは少し傲慢で欲張りのようだ。

「メリークリスマース、ナマエ」
『はい、メリークリスマス、はい』
「なに照れてんだ」
『う、うるさいなー』

(来年もよろしくね!わたしだけのサンタさん)


END

砂糖混ぜ過ぎたらハイ!気持ち悪い2の出来上がり!になりました。しかも長い。街舞台は粘ーらんど。
メリークリスマス!


イトハン