「電気も付けないで、何をしてるんだい?」

突然かけられた、ここ最近よく聞き慣れた声に振り返る。あまりに無心となりすぎて、彼が部屋へ入ってきたことにさえ気が付かなかった。
部屋の電気は付けていない。それに気付いても、電気を付けようとしなかった彼はきっと、暗がりの小さなバルコニーに佇む私が何をしていたか、わかっていたに違いないのだ。
夜空が放つ淡く静かな光に照らし出される花京院は、何も知らない風を装った微笑みを浮かべて向かってくる。私もつまらない事実には気づきもしないと、微笑みを返した。

「星、みてるの。すごくたくさんあるんだよね」

私の隣まで来た花京院はそのまま星空を仰ぎ見、「掴めそうなくらい満天の星だな」と感嘆の溜め息を吐いた。
その端正な横顔から、ダイヤモンドを散りばめたような星空に視線を戻す。日本とはまた違ったそれは、とても綺麗に私の角膜に染み込んだ。
「君は空を見るのが好きなのかい? 昼間も空を眺めていたよね」と花京院が言ってきた。よく見てるな。観察でもされてるのかしら。
「好きだよ。空も海も草木も、そこに住まう生き物たちも、自然が好きなの」と微かに瞬く星粒を見つめながら答えた。
好きなことを伝えたら、何故か、嫌なことも次いで思い浮かんだ。穏やかだった心の水面に小石を落とされ、濁された気分だ。
不意に名前を呼ばれてそちらを向けば、どうかしたのかと心配されてしまった。どうやら心の波紋は表にまで到達していたらしい。心配されるような顔をしてしまったんだと罪悪感に苦笑する。
少し、この気持ちを吐き出してしまおうと星空を見上げた。

「私、友だち居なかったんだよね。それでいつも独りだったから、自然を眺めたりするのが趣味になっちゃったの」

ここまで言ってチラリと花京院を見る。
彼は突然の私の言葉に怪訝そうにするわけでもなく、先を促すように頷いた。「何でも話してごらん」と許可を貰ったようで、安堵した。

「人と話すことが苦手だった、私。教室に居ても自分はみんなとは違う、って、幼い頃から見えてたスタンドのおかげで普通の子どもたちに馴染むことが出来なかったの」

一息吐いた後、私の明るくない生い立ち話を真剣に聞いてくれているだろう花京院の視線を感じながら、続きを吐き出し始めた。

「親や友だちにスタンドのことを言ったら病院に連れて行かれるし、避けられるし、誰も私の言葉を信じてくれない。それからも人と話したりすると傷付くばかりで、だから交流を避けた。だから、友達はいなかった」

こんな暗い自分の生い立ちを言葉にするなんて一生ないと思っていたけれど、初めて人に吐露したことでだいぶ心が楽になった気がする。でも、一方的に聴かされた彼は困るだろう。何て言われるか、少し怖くなって手すりを握り締めた。

「ああ、分かるよ」

やさしい声に視線を向ければ、彼の目線とぶつかる。
生ぬるい風に花京院の前髪がそよぎ、「僕もそうだった」と彼は話してくれた。

「僕と君は、昔も今も同じ境遇なんだ」

最後にそう言って、「似た者同士だ」と私に微笑みかけた。

「そう、つまり君はもう独りなんかじゃあない。また傷付くことがあるかもしれないけれど、独りで悲しむことはないんだよ」

鼻の奥がツンとして視界がぼやける。慌てて花京院から顔を背け、私は溜まった涙を零した。

「僕だけじゃない。みんなも君を大切に思っているし、君の言葉を信じないなんてことはないさ」

そっと差し出されたハンカチを受け取って目を覆った。漏れてしまいそうな嗚咽をかみ殺し、必死に涙を止めようと試みる。もういっそのこと大声で泣きたい。


「おい。電気も付けねーで何やってんだ?」

先ほど聞いた台詞が違う声色で響き、ぱちっと電気が付けられる。突然の強い光に細めた目元を、ハンカチで押さえながら振り向いた。
黒い色を纏った、壁のような承太郎が歩み寄ってくる。私の倍は身長があるんじゃないかと思う――実際は倍なんて程はないけど。

「お前……なに泣いてるんだ?」

見上げても、逆行と帽子のせいで表情はわからないけれど、僅かに眉を寄せているのが感じられた。

「何でもないよ!」

あまり見られたくないので、私は背を向けてまだ止まらない涙を引っ込めようと頑張る。
多分、後ろでは承太郎が花京院に、「何なんだ?」と目で問いかけていて、花京院は苦笑しながら首を傾げているのだろう。見なくてもわかってしまうあたり、彼らとの見えない繋がりは確実に存在しているのだと嬉しくなる。
やっと収まってきた涙の跡を拭っていると、ぽん、と頭に重みが乗っかってきた。

「無理はするなよ」

やや無愛想な声と暖かい手が離れて、やっと収まったはずの涙がまた視界を歪ませた。彼らと旅をしてきて、私はどうやら精神面がだいぶ弱くなってしまったようだ。独りでいたころは我慢できた気持ちも、涙も、今ではちょっとしたことでこんな様だ。
でも、そんな自分も悪くはないな、と思った。


願わくば……大切な友人たちと無事に、この旅を終えられますように。




そっと目を閉じて
(光り輝くエジプトの星に祈った)