街を雪が包み込み、派手なイルミネーションを眺めて綺麗だと人々が感嘆する。聖なるクリスマスだ。
最近は仕事でばたばたしていて、二人で外食なんてのは久しぶりだった。更に今日は、俺の家に泊まると言うから、張り切って車を飛ばした。
助手席の名無子は、いつものパンツ姿ではなく、可愛らしいワンピースだったから、俺はずっと気になっていた。運転しながらもチラチラと白い脚に目がいって、安全運転なんて出来たもんじゃあない。

「ちょっと、ミスタ」

少し怒ったような名無子の声と同時に、赤信号で車を止めた。

「何だよ?」
「……いやらしい目で私の脚を見ないでくれる?」
「あ、バレてたか」

へらっと笑うと名無子は呆れ顔のあとに、「バレバレよ」と笑う。その笑い方、好きだぜ。
信号が青に変わり、俺は乱暴にハンドルを切った。ウインカーも出さずの急な路線変更に、後ろで怒りのクラクションが響く。助手席からも、「ミスタ! 危ないじゃない!」もちろん怒られる。
「悪りィ悪りィ」心が籠もってないようで、たっぷり籠めている謝罪に、名無子は訝しげに顔を歪める。俺だってよォ、大切な女を乗せてんだ、安全運転をしてーよ。だがよ〜、どうにも家まで我慢出来そうにねぇんだ。
人通りがない廃ビルの裏に車を止める。さっきから、「家はこっちじゃないわ」「一体どこに行くの、ミスタ」「ねぇ! 何でこんな暗いところに来るのよッ」と怒りと不安で若干、声を震わせる名無子。次の文句を言われる前に、身を乗り出してその口を塞いでやった。
「んーッ! んうー!」言葉にならない抗議の声が響き、肩を押し返され、しまいにゃあ頭を叩かれる。溜まったもんじゃない俺は、渋々体を離した。

「痛てぇよ、」
「こんなところで! 何であんたは家まで我慢できないわけ!」

息を荒げて怒鳴る名無子に、俺はやっぱり自制できないらしい。再び身を乗り出し、今度は素速く背もたれを倒して覆い被さった。

「久しぶりだし、しょうがねーだろォ」
「家まで後ちょっとじゃない! わざわざこんな狭い所でなんて――ッ」

改めて口を塞ぐ。だが、堅く噛み合わされる歯。防がれた舌の侵入に苦笑した。頑固だな。
既に服の前を開け忍び込んだ手は、下着をずらし上げて柔らかい膨らみを揉んでいた。舌の侵入を頑なに拒まれるので、諦めて唇を啄むように堪能しながら、耳、首筋へと触れる。首筋から名無子の香水が強く香り、思わず深呼吸をしてうっとりした。
名無子の手が、俺のまさぐる手を押さえつけようとするから、細い両手首を上手く纏め掴んで束縛した。切れそうな街灯の光でうっすらと見えた、涙目で眉尻を下げる名無子に、罪悪感。強姦みてーだな、これじゃあよォ。

「名無子、愛してるぜ」

いつもは笑いながら軽く言ったりする言葉だったが、真剣な面持ちで言ってみると、より深い意味を引き出すような気がした。俺の気持ちが伝わったのか、名無子は涙が滲んだ目を瞬きさせ、強張った体から力を抜いた。
そっと唇を合わせて、恐る恐る歯に舌を這わすと、躊躇いがちに隙間が開いた。ほっとして口元を緩め、やっとの事で与えられた飯を貪るかのように舌を絡めた。
たくし上げたワンピースから現れた太ももに手を滑らせ、下着を引き下げる。ああ、俺の好きな下着だな。なんて暗がりの中、指でなぞった感触で思う。色も黒でベネだ。
膝まで下着を下ろす。今度は脚を抱え上げて指先を秘部に這わし、濡れの少なさにがっかりしたが、気を取り直して慎重に指を押し入れた。小さく喉を鳴らした名無子を伺いながら、固さを帯びた乳首を執拗に弄ってやると、伏せた睫と薄く開いた唇から吐息が吐かれ……俺は耐えられない衝動に唇を噛んだ。
「やっぱり溜まってたんだな、俺〜」そう言って挿入していた片手の指で中を攪拌しながら、もう一方の手で財布を探りだす。何か俺、すぐにイきそうな気がするな。徐々に漏れだした名無子の喘ぎに、焦るように財布をひっくり返した。硬貨も紙幣も散らばる。だが、それらしき物が見つからない。おいおい、嘘だろ? 忘れた? 入れてなかったっけ?

「マジかよォ〜」
「ん、どうしたの? ミスタ」
「あ、いや……忘れちまったみてーでよ、ゴム」

格好がつかない。でも、欲情は止まらないわけで。

「それじゃあ、ここまでね」
「は?」

ここまで? そんな、冗談だろ。俺のやる気満々なこいつをどうしろっつーんだ。

「何? その顔。ゴムがないならやらないわよ」

服のボタンを閉めながら残酷に言い捨てる。愕然とする俺。さっきまで善がってたくせに、あっさりしてるよな。

「当たり前でしょ。子供ができたら、困るのはミスタよ」
「……別に、困らねぇよ」
「適当なこと言わないで。困るに決まってる」

何を根拠に断言するんだ。本人が困らないって言ってんのに。子供、いいじゃねぇか。名無子の子供なら可愛いぜ、絶対に。
「早く退いてよ」と下着を上げようとした手首を掴んで、再び口づける。「ちょっ! ミスタ止めて!」嫌がる名無子に、何度も何度も甘く噛み付いて。「俺らも付き合い始めて長げぇだろ? ガキが出来ても俺はいいと思うね」がちゃがちゃとベルトを外しだした俺に、名無子が言った。「良くないわ」やけに低く無感動な声で言うもんだから、俺は振られるんじゃあないかと突拍子もない事が浮かんだ。俺とは一生を共にする気はない、とか言われんのか。

「子供が出来たら、私は組織を抜けるしかない。まあ、それは別に構わないんだけど……」

乱れた髪を撫でつけ、名無子は言葉を続けた。

「ミスタ。あなたはボスの側近の部下であって、私は、そんなあなたの女。今までも狙われてきたけれど、子供なんか出来たら、更に狙われるわ」

そこまで言って溜め息を吐いた。確かにな、ガキ抱えてなんて流石の名無子でも、逃れるのは厳しい。そうだな。名無子が死んじまうなんて嫌だし、名無子だって死にたくなんか。

「私と子供をいっぺんに失う可能性もある。ねぇ、ミスタ……あなた、耐えられる?」

声を、出せなかった。こいつは、何で、そこで俺の事を心配してくれんのか。

「それか、堕ろすしかないわよね」

とっさに、堕ろすの意味が分からなかった。数秒、頭ん中で反芻して、「ダメだ! 堕ろすなんてダメに決まってんだろッ!」意味を理解した瞬間に叫んでいた。名無子は驚いた顔をし、苦笑した。

「堕ろさないよ。こんな仕事してるけど、やっぱり命を無為に殺したりはしたくないもの」

だから、ね? 両手で頬を包まれ引き寄せられる。軽く音を立てて唇が離れ、「続きは家までおあずけ」ちくしょ〜……今のは効いたぜ。またヒートアップする股間を押さえてベルトを締め直す。

「分かった。急いで帰るぜ!」

散らばる金をを急いで財布に戻しながら、俺は少し考える。じゃあ もしも、もしもだぜ? 子供が出来ちまったらどうする。俺は、どうする?

「ミスタ。急いで帰るんじゃあなかったの?」

身なりを整え終えた名無子が、隙間に落ちた硬貨を摘みながら言う。「はい」と渡された硬貨を受け取り、一緒にその手を掴んだ。俺の顔を見て困惑気味に名前を呼ぶ。俺は今、真剣だ。

「名無子」

頷いた名無子の手を、出来るだけ優しく、強く握り締めた。

「ガキが出来てもよ、俺が、護るし、だから……いつか産んでくれよ」

見開いて瞬きもしない名無子の瞳を見つめ、「俺の子供」と裏返りそうな声で言った。
自分が一体何を言っているのか、分かっているんだが、これは、言うべきじゃなかったか。だってよ、これって所謂プロポーズじゃねーの? 指輪も用意してねぇのにな。早まった、なんて後悔したって遅い。覚悟決めろよ、俺!
「そっ…」息と一緒に飛び出た一文字、沈黙。今度は忙しなく瞬きをして長い睫を揺らす。続き、言ってくれ。
「そ、れは……」やっぱり言って欲しくないかも。頼むから、心臓をナイフで刺すような答えではありませんように。

「ずっと、私と、一緒に居てくれるって、こと?」
「……ああ」
「ずっと? 一生?」
「ああ」
「私と、ミスタと、私たちの子供で……暮らせるかな?」
「ああっ! 暮らせる! いつか必ずッ!」

硬貨が落ちる音。首にしがみついてきた名無子は泣いてるんだと思った。泣く声も聞こえないが何となく、泣いていると、俺は名無子の頭を撫でた。

「私、嬉しいよ」

一言 そう呟いて、しがみつく腕に力が籠もった。それは、つまり、








何十年後のクリスマスでも、隣にはお前がいるんだ。