01.本日より殿下の婚約者になりました
〈 ステラside 〉
冷たい水と共に私の頭の中でとある記憶が蘇る。
頭の中の私はと言うとゲームを片手に赤い塊を食べている。たぶん、苺。
え、なに。
これって、前世の記憶‥‥?
だとしたら、俗に言う転生ってやつ?!
え、ゲーム? 小説?
え、こんなゲームあったっけ?
頭をフル回転させても記憶には無く、もう少し情報が欲しい。
「聞いているの!? あなたってほんとに役立たずのクズね! 拭き掃除もろくにできないの!」
「うるさいな。今、考え事しているだから黙っててくれない?」
「誰に口聞いているの」
声と共に頬に鋭い痛みが走る。
頬を抑えて叩かれた事を知る。
「あなたにとっても素敵な報告があるわ」
《W私の代わりに――と、嫁いで――W》
何かテンプレが頭の中でリピートする。
「私の代わりに呪われた王子に嫁いでもらうわ」
わあ、お決まりのセリフ。
すごいワクワクしてきたですけど。
《嫁いだその日の初夜に『お前を愛することはできない』なんて、言われたりして》
《ヲタクとして、是非、言われたいセリフ》
《悶絶すぎて鼻血吹かないか心配になってきた》
「聞いているの!? さっきからブツブツと気味が悪いわね」
「聞いています」
フン、と鼻息を荒らして去っていく義妹。
「早く準備してよね」
性格の悪さが顔に滲み出るわね。
「それにしても、今の私って、何というか細すぎない?」
台風が来たら飛ばされそうなほど、不健康な痩せ方をしているじゃない?
「早く立ちなさいよね」
え、なに?
この子たちメイドか何かじゃないの?
この態度って馬鹿にしているの? しているよね?
この身体の持ち主、ここまで見下されているの?
引っ張られるようにして、湯気のたつ湯船に押し込まられて。痛みに顔を歪める。
「熱っ」
「五月蝿い」
強く髪を引っ張られて、ぶちぶちと髪の毛が間抜ける音がした。
雑に洗われて、身体も強くさすられて、皮膚が赤くなっている。
追い出されるようにして鞄一つで馬車に押し詰められて、あっという間にお城へと着いた。
確か、第二王子って言っていたっけ。
執事に案内されて通された部屋に綺麗な大人の女性が立っていた。
目がばっちり合うと、綺麗な女性の瞳が大きく開く揺れる。そして、人差し指を立てて唇に寄せて微笑んだ。
いけない!
見惚れている場所ではない。
「第二王子リュカ・イヴァーノ・ファルシーニだ」
《呪われた王子で醜いって言っていたけど、え、どこが?!》
「令嬢?」
《めちゃくちゃイケメンなんですけど》
「聞こえているか?」
《確かに怪我が痛々しそうだけど》
「おーい、聞こえているか?」
ここのゲームか、小説か知らんけど、顔面偏差値って高すぎない?
パン、と音が聞こえて我にかえる。
「! あ、――お始めにお目にかかります。私、カメロン伯爵家の長女ステラと申します。本日から宜しくお願い致します」
「悪いが、君を愛することはできない。必要以上に関わるつもりもない」
出た!
W気を愛することができないW
嬉しすぎて、身が震える。
《リアルWきみあいWが聞ける日が来るなんて幸せすぎる》
「感激です! 《あ、間違えた》――‥承知致しました」
「‥‥は?」
若干、厭、かなり引き気味な王子様。
《もう一度、言って欲しいけどダメかしら》と、頭の中で想像していると、王子様の顔が更に引きつぐが見えた。
02.一風変わった令嬢が来た
〈 リュカのside 〉
予定ではカメロン家の二女が嫁いでくる予定だった。
原因不明の病で、二女が嫁がなくなり、代わりに長女を嫁がすと、わかりやすい仮病。
長女の悪い噂はよく耳にする。
我が儘で癇癪持ち。派手好きで、金遣いが荒く、宝石が好きで、いつも男を侍りかせている。
噂は当てにならないが、どんな女性が来るのかと思っていたら、不健康に痩せ細った
一点を見つめる女の目線の先を辿ったが、ただの普通の壁。
――それに、独り言が多い。
貶しているのか、誉めているのか、謎の言葉。
声をかけても届いてないかの様にぶつぶつと話、目の前の令嬢。
「おい、聞こえているか?」
我に返った令嬢は慌ててカーテシーをする。
「! あ、――お始めにお目にかかります。私、カメロン伯爵家の長女ステラと申します。本日から宜しくお願い致します」
「悪いが、君を愛することはできない」
身を震えて喚き叫ぶかと思った。
彼女から出た言葉に、何を言っているのか理解するのに数秒かかる。
「感情です! 《あ、間違えた》――‥承知致しました」
「‥‥は?」
間違えるか? 間違えないよな?
俺の言葉に理解できていないのかと思ったが、全部声に出ていることを彼女は知らないだろう。
もう一度、言われたいなど言われた時には、顔を引きつきのが俺でもわかった。
03.リュカ殿下のお母様
〈 ステラside 〉
『ごめんなさいね、息子が』
「やっぱり、殿下のお母様だったのですね」
殿下と一緒の部屋にいた女性。
誰にかに似ていると思ったら、目の当たりが殿下にそっくり。
『女性に対してあんな事を言うなんて』
「リュカ殿下は、きっとたくさんたくさん傷ついてきたのですね、だから、防御線を張っただけです」
『親の贔屓なしに本当はとっても優しい子なよ』
「知っています。追い出すことも出来ただろうに、追い出すことはしませんでした。それが結果でしょう」
身分は殿下の方がずっと上。
彼の一言で追い出す事もできたはず。
それをしなかった。
『リュカを宜しくね』
「はい」
『ふふ、リュカのお嫁さんになる方とお話しできるなんて夢にも思わなかったわ』
「私も、リュカ殿下のお義母様とお話しできるなんて光栄です」
04.ふたりを見守る者たち
〈 リュカのside 〉
長くても一週間程度かと思っていたが、ステラ嬢が住み始めて一ヶ月。
会話はほぼないが、毎朝、朝食の時間にいる。
「無理して一緒に食を共にする必要はない」
「何故、でしょうか?」
「なぜって―――‥醜いだろう」
「殿下はかっこいいです」
「そんなはずはない!」
「殿下は御自分の魅力がわかっておりません! 食べている姿は美しくナイフとフォークを持つ指さきの美しさ光に当たるとキラキラ輝くストレートな髪吸い込まれそうな碧瞳セクシーな甘い声逞しい肉体美は抱かれたい腕の血管―――‥‥」
「――‥‥ストップ。待て」
息継ぎ無し語る数々の言葉に圧倒されて止めるタイミングを逃したが、とんでもない単語が飛び出したのは気のせいか。
聞き間違いに違いない。
これ以上語られるとこっちが恥ずかしい。
「語り足りないですが」
そんな潤んだ瞳で残念そうな顔をしても、信じられない。
彼女が何を考えているのかわからない。
「あと1時間は語られます!」
どんな拷問だ。そんなに語られた自尊心が保たれない。
新手の嫌がらせか。そうだよな。
平常心を保つために無言で食べ進める。
ふたりは知らない。
執事や侍従が微笑ましく見守っている姿に。
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〈 リュカのお母様side 〉
『どうして素直になれないのかしら。困った子だわ』
「ふふ」
『怒っていいのよ』
「お義母様が怒ってくれるので、怒りが湧いてこないです」
『ほんとに息子のお嫁さんがいい子すぎる』
こんなにいい子ちゃんなのに、もたもたしていたら攫われちゃうわよ。
『昔はもっと素直で可愛かったのよ』
「リュカ殿下の子供頃の話を聞かせてくれませんか?」
『もちろんよ』
リュカの母とステラが楽しくお話をしていると、ドアの向こうから執事のゼンの声。
「ステラお嬢様」
「はい」
「入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
招き入れると大きめバスケットを持っていた。
「ステラお嬢様、リュカ殿下にこちらを持っていてくれませんか?」
「こちらは?」
「サンドイッチです。殿下と一緒にお昼をどうかと思いまして」
「ありがとう。いただくわ」
話を中断だして、ステラは準備をする。
今はまだ、この屋敷には侍女や女性の使用人にはいないので支度の準備は自分でするしかない。
実家にいたときから、自分でやっていたから問題はないけど。
『本当は、専属の侍女くらい付けられれば良いだけど』
「私は気にしていないです」
殿下の火傷の痕を見て、失神したり、淑女なら表情くらい隠して欲しいって思うくらい不愉快な表情を隠し切れていない女性を置くのは私が嫌だった。
『今日はコレとコレがいいじゃないかしら』
それに、このやりとりも好きだから。
外に出る時は、リュカ殿下の瞳の色か髪の色を一つ取り入れる様にしている。
ブルーのピアスを付けて出かける事にした。
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〈 ステラside 〉
「リュカ殿下はいらっしゃるかしら」
「殿下の婚約者様でいらしゃいますか?」
「はい」
「案内します」
案内された場所は、2階で此処からよく見える。
「今の姿の殿下の姿を見れば惚れますよ。とってもかっこいいですから」
「殿下は元からかっこいいです」
案内してくれた男性は、目を大きく開き微笑んだ。
「ぼくは、これで失礼します」
「ありがとうございます」
お辞儀をして去っていた。
剣を振るう姿は逞しくて、顔がにやける。
目で追うのがやっとなくらいに早い。
《ああ、やっぱり殿下が一番かっこいい。抱きついて匂いを嗅ぎたい。ダメかしら。一応、婚約者だしいいよね?!》
ハハ、と笑い声が聞こえて、その声の主を確かめるために振り向くと燃える様な赤髪の体格のいい男性が立っていた。
なぜ? 笑っているのだろう。
「長く続いている様だから何か企んでいるのかと思ったが、その様子じゃ‥‥ククっ、嗅ぎたいだもんな。汗の匂いしかしないと思うぞ」
「そんな事はないです。きっとすごくいい‥‥え、私、声に出していましたか?」
「思い切り」
「やだぁ。頭の中で思っていただけだったですのに」
ステラは恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
流石に恥ずかしい。
《変態だと思われていない?》
「変態で間違いない。殿下の前でもこうなのか?」
「違います! え、え、また、私、」
穴があったら埋まりたい。
赤髪の男性は、また、喉鳴らして笑う。
「こっち向いたぞ」
「あ!」
小さく手を振ったら、殿下が驚いたような気がした。
はっきりと見えないので分からないけど。
何かを指示して、姿を消したかと思ったら殿下が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ステラ嬢、こんなところで何をしている」
「執事のゼンがリュカ殿下と一緒に食べるように言われたので、昼食を持ってきたです」
殿下は小さくため息を吐く。
いきなり訪ねるのはやっぱり迷惑だったかな。
私の持っているバスケットを取るとスタスタと歩き出した。
「照れているだけが、後を追え」
赤髪さんが仰るには照れているらしい。
殿下の跡をつけて、そこで持っているようにと言われて素直に従う。
待っている間にバスケットから重箱を取り出す。
ふたり分の水の入ったコップを持ってきてくれて、それを受け取る。
「ありがとうございます」
この至近距離で殿下と向き合うの初めてな気がする。
あ、お水を飲んだ。
上下に動く喉仏――‥‥。
《なんて、素敵な喉仏》
うっとりと眺めていたら、ゴホッ、ゴホッと咳き込む音で我にかえる。
「だ、だだだ大丈夫ですか」
「だ、‥‥大丈夫だ」
「だけど、顔も赤いです。――‥‥もしや、熱」
ステラは慌てて立ち上がり、「失礼します」と、ひとこと告げておでこに触れる。
「ん? やっぱり少し熱いような‥‥気かまします」
「動いたからだ。気のせいだ」
「なるほどですね!」
動いたら身体が熱くなるもんね。
そんなに離れていないので全ての会話が丸聞こえ。
騎士団の皆様は、そんなふたりのやりとりを微笑ましく見守っている。
05.ある日の日常
〈 ステラside 〉
約束通りリュカ殿下のお母様から殿下の子供頃の話を聞かされた。
『カエルが目の前に飛び出して泣いたり、虫が身体に付いて泣いたり、ほんとに泣き虫だったのよ』
「私もカエルや虫は苦手だからなんとも言えないですけど」
『女の子はいいのよ。―――‥‥そうそう、夜中に自分の影に驚いて騒ぎになったこともあるのよ』
そういえば、前世でワンちゃんの散歩のとき、いきなり大きな影が現れて悲鳴を上げて驚いたことを思い出す。
似ているところがあって親近感が湧く。
『今じゃ考えられないでしょ? 子どもが大きくなるのは早いものね』
この能力が無ければこうして殿下の子供の話を聞けることは無かったと思うと、怖い思いばっかりした記憶も流すことはできないけど良かった思える。
口止めはされていないし、リュカ殿下のお母様から聞いた話を訊ねてみることにした。
翌朝―――。
いつものように一緒に朝食を食べているとき。
「殿下はW今Wでも、カエルや虫は苦手ですか?」
言い方を間違えたけど、まあいい。
「――今も昔も苦手ではない」
「私は苦手です。あのグロディスクな生き物、目の前を通り過ぎるだけ鳥肌が立ちます」
殿下は何故、いきなりその様な事を話すのか当然わかっていない。
まさか、知らないうちに御自分の母に話されているなんて夢にも思わないでしょうし。
すごく可愛く思える。
目の前にいる殿下が、カエルや虫が泣くぐらいに怖かったことや、自分の影に驚いた経験がある事に。
―――やっぱり、今の殿下からは想像できない。
ちょっと険しそうに見られているけど。
食べ終わったのでいつものように、手を合わせて言葉を告げる。
「ご馳走様です」
初頭の頃を思い出す。
「いただきます」や「ご馳走様です」と言う文化は無く、何をしているだと不審に思われたことを。癖と言うもの怖いなって思った。
全てものに命があり、命を頂く事への感謝の言葉でもあり、この食材に料理に関わった農家やシェフ達の感謝の言葉なんです。伝えた事を思い出す。
食べ終わった皿を使用人が片付けて、いつも様に出送る事が日課になっている。
「いってらっしゃい」
「行ってくる」
0☆.小さなともだち
〈 ステラside 〉
空中にふたりの影。
小さな身体には羽のようなものをついている。
「え、何? この生き物?」
私の視線に気付いたのか、声に反応したのか、ゆっくり振り返る。
そして、目線が重なった。
『わたしたちのこと視えている?』
私がこくりと頷くと、小さな男の子と女の子が顔を合わせる。すごく驚いているように見えた。
『わたしたち妖精のことが視える人間に会うの何年ぶりかしら』
『じゅうねん?』
『もっといているわよ』
話し合うふたりの妖精を眺める。
『あなたのこと教えなさい』
「え」
『なまえよ、あなたのなまえ』
「ステラ・カメロンです」
『わたしはスーよ』
『ぼくはね、フゥー』
「ふたりは兄妹?」
『わたしたち、人間のようなつながりはないわ』
「そんなですね」
名前が似ているから兄妹かと思ったけど、違ったみたい。
ほら、似たような名前の兄妹っているじゃない?
これが、スーとフゥーとの出逢い。
居なくなっては突然に現れる、まるで
そんなある日、私が寝ていると複数の声。それと、複数の視線。
もう、何なのよ!
目を開けると、たくさんの顔、顔、顔、顔。
「きゃぁぁあ―――なに? 何? なに?」
『ほんとにぼくたちのこと視えている』
『視えるね』
私の悲鳴に駆けつけたのか、ドアの向こうから足音が聞こえて、ドア越しから聴こえる私を呼ぶ声。
「ステラ嬢、何があった」
「だいじょうよ、――大丈夫です。ちょっと驚いただけです」
目を開けたら顔がたくさんあって。
『すげー驚いてんの』
お腹を抑えて転がるように笑う男の子の姿の妖精。
「羽もぎるわよ」
『こわ』
妖精を無視して、ドアの向こうで私の様子を心配しているであろう殿下たちにドアを開けて姿を現す。
「妖精が――」
『ぼくらのこと他の人間には視えてなーいよー』
「妖精がどうかしたのか?」
「え」
「ん?」
「信じてくれるですか?」
「君は、そんなくだらない嘘吐くような
『視えないのに信じてくれるだな』
嘘つき呼ばわりをされるだけだった。
リュカ殿下の、その言葉で救われた。
「
「それは、怖いな」
「夜明けにごめんなさい」
「いや、元々起きていたから、謝る必要はない」
ふふ、と笑う。
「なぜ、笑う」
「殿下の優しさが嬉しくて」
「今も、その、妖精はいるのか?」
「ええ、今、殿下の目の前を飛んでいます」
ほんの数過ごして思ったことがある。
彼らは気まぐれ。
数日一緒にいる事もあれば、何日もいない事がある。
そして、甘いものが好きで、いたずらも好き。
『へー、男前じゃねぇか』
リュカ殿下の目の前をうろちょろする少し口の悪い男の子。
「当然じゃない。見る目があるのね」
