ねこのピンチ

 きゃぁああ――!
 只今、猫に追いかけられている。理由は分かっている。
 いわゆる発情期っていうやつで、追いかけられている。
 私の貞操が見知らぬ野良猫に奪われるのだけは勘弁して欲しい。
 思えば、猫になって良いことが無いような気もする。気のせいかな。
 無我夢中で走って、走って、やっとで撒くことができただけど、身体が汚れてしまった。
 お風呂に入りたい。切実に思う。
 とぼとぼと歩いていると―――。
「おまえ、ひとりなのか」
 背高いな。
 猫からの視線だから尚更思うのか、高身長の男がいた。
「にゃあー」
「家来るか?」
「にゃん」
 その男の人は、私を持ち上げると腕の中に収めた。
 猫の扱いが慣れているのか、すごく安心する。
 男の家に着くと、私はというとお風呂場に連れてこられた。
 直感的にすぐにわかった。この汚い毛並みを洗おうとしてくれていることに。
「にゃーーっ!」
「洗われるの嫌なのか」
「にゃあ」
 男の人に身体を洗われるのが抵抗あるの。決してお風呂が嫌いなわけではなくて。
「にゃんにゃんにゃん」
 どんなに説明したくても、にゃんにゃんしか出てこない。
 ああ、もう! もどろかしい。
「でもな、そのままじゃ健康面に悪いだろ」
「にゃー」
 そうだけど。分かっているけど。心の準備ができないの。
 私、中身は人間の女の子なの! 訴えても、やっぱり気づいてくれるはずもなく。
「にゃぁー」
 大人しくなった私を、分かってくれたと思ったのか、怖がらないように、バケツにお水を溜めて、タオルを使ってゆっくり身体を濡らしていく。
 やっぱり、猫の扱いがうまい。
 顔はちょっと怖いけど、優しい手つき。
 あわ立てて、優しい手つきで身体を洗っていく、そして、また、あわあわの身体に水を流していく。
 タオルで拭いてくれて、最後にドライヤーで毛を乾かして、最後にブラッシングをかけてくれた。
 いろんなものを失った気もしなくないけど、やっぱりお風呂は気持ちがいい。
 私を拾ってくれた、彼の名前は――地場圭介というらしい。






ねこのピンチ

2021.10.13