ラブソングのはじめ方

 スピーカーから流れ出したイントロは、私の好きなバンドのラブソングで、片桐くんもそういうの聴くんだ、とか、他人事にも似た感想をぼんやり抱いた。

 米屋くんと出水くんの考案からあれやこれやと話が広がった、ボーダー所属の同学年――高校二年生のカラオケ大会は、男女問わずそこそこの人数が集まっていた。
参加を表明したメンバーは、各々一番の十八番を持ち寄り、それぞれ披露してくれたのだが、それがとても面白かった。

 米屋くんが簡単な振り付けも込みで披露した男子アイドルグループの新曲がおかしいくらい似合っていたり、若村くんが歌った片想いのラブソングに妙な説得力があったりと、選曲に意外性と納得を伴って、カラオケ大会は進んでいく。

 順番が回ってくるや否や、端末の操作と楽曲の予約を早々に終え、マイクを握った片桐くんは、曲名とバンド名がでかでかと表示されたテレビを見つめて、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 澄んだ歌声だと思った。
逢いたいとか、そばに居たいとか、誰かに向けられた真っ直ぐな歌詞が、片桐くんの声で紡がれていく。

 瞬間、目が合った。気がした。
勘違いでなければ、歌詞が流れる画面を見ていたはずの片桐くんは、視線だけで、こちらを見ていた。
君の笑顔が見たいと歌い上げる片桐くんの視線の行方、その真相を手繰るのは何となく気が引けて、支給されたタンバリンを手持ち無沙汰に叩くことだけに集中する。

 幸い、ロックの曲調にタンバリンはベストマッチで、誰にも違和感を気取られないまま、片桐くんの歌は続く。
それなのに。

 君を離さない、信じてる、なんて、画面の通りに歌詞をなぞる片桐くんの視線が、またこちらを向いた。
もう、今度は勘違いなんて言えなかった。
こちらを向く色素の薄い瞳が、眼鏡越しに、確かに私の目を捉えている。

 そうして片桐くんは、続く歌詞を歌い上げながら、薄く微笑んだ。
細められた瞳のまなじりが柔らかく、優しく緩むから、変な錯覚を抱きそうになる。

 多分、時間としては、一瞬にも満たなかったのだろう。
周りのメンバーも、誰ひとりとして片桐くんの表情に言及しないまま、カラオケ大会は進行する。
最後の一音までを、きっちり正しく歌いきった片桐くんは、採点待ちの喧騒に紛れて、私の隣に陣取った。

「……片桐くんも、あのバンド、好きなんだね」
「ん? ……ああ、そうだな、結構好きだ」

 一瞬見えた微笑みについて聞くのも躊躇われて、わざと話題を逸らす。
片桐くんの答えは、簡潔である。
そうなんだ、と私が相槌とも会話の終わりともつかない言葉を返すより先に、片桐くんは照れくさそうに笑った。

「――前に、ナマエが好きって言ってたバンドだから」
途端、私の頬が熱を集めていく。
そんな話したっけとか、いつの話なのとか、そんなこと覚えててくれたのとか、言いたいことが山ほどあるのに、全部喉に詰まって言葉にならない。

 だってそんなの、まるで、恋みたい。
さっきまで片桐くんが歌っていたラブソングと、同じ感情みたい。
カラオケの個室は薄暗くて、採点結果を算出している画面にみんな注目している。
赤くなった頬が誰にも見られていないことを願いながら、私は半歩分、片桐くんとの距離を詰めた。
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