駆け出した恋

 柳生に扮して訪れた昼休みの図書室で、静かで落ち着いたこの場所には似合わない人物の姿を見つけた。
 地毛だと言い張るわりには明るい、毛先が軽く巻かれた茶色のセミロング。少しサイズの大きい赤色のカーディガンに、明らかに校則よりも短いスカート。くるんと上を向いたまつ毛に縁どられた大きな瞳がぱちぱちと瞬いて、照明の光を反射した金色のピアスがきらりと輝いた。

「おや、珍しいですね」

 いつも俺のペテンに面白いくらい引っ掛かる御崎には、この変装を見破ることはできないだろう。柳生の声色を真似て声をかける。真剣に本を選んでいたらしい御崎の肩がびくりと跳ねた。

「びっくりした…………なーんだ、柳生か」

 仁王かと思った。そう言う彼女に内心驚きつつ「すみません」と冷静を装いながら返す。

「御崎さんが図書室に居るのが意外だったもので。何かお探しですか?」

 聞きながら御崎がしかめ面で眺めていた本棚へと目をやる。そこは洋書が並ぶコーナーだった。そういえば英語が得意だと言っていたな。以前テスト週間か何かの際にした会話を思い出す。

「んー、別に何か探してるとかじゃないんだけどさ。最近ちょっと暇だし、本でも読もうかなって……」

 同じように本棚を眺めていた御崎の視線が俺に向けられる。言葉の語尾がだんだん小さくなっていき、彼女はじっと俺の顔を見て首を傾げた。そして「違ってたら悪いんだけど」と口を開く。

「はい、何でしょう」
「…………あんた、柳生じゃなくて仁王でしょ」

 確信を宿した瞳がまっすぐ俺を見つめる。

「ほう、よくわかったのう」

 ウィッグとメガネを外し、ネクタイを緩めてジャケットのボタンを外す。いつものスタイルと口調に戻れば、やっぱりそうだと御崎が笑った。

「仁王と柳生って実は双子なんじゃないの? そっくりすぎて変装されると見分けつかないよ」
「それならどうしてわかったんじゃ」

 俺や柳生のクラスメイト、廊下ですれ違った真田にジャッカル、丸井、赤也。そのほとんどが気づかなかった。変装は完璧のはずだ。それならなぜ、御崎は声を掛けたのが柳生ではなく俺だと気づいたのか。

「え? なんでって言われても…………」

 答えを探るように御崎の視線が揺れる。

「うーん……確証があったわけじゃなくて、なんとなくわかったんだよね、柳生じゃないなって。仁王が誰に変装してても気づく自身あるよ、私。だって、どこでどんな格好で何してたって、仁王は仁王だもん」

 わかるよ、いつも見てるから。彼女の性格にそっくりな強い光を宿したアメジストがじっとこちらを見つめる。
 俺は俺。どこで何をしていたって。当たり前のことのはずなのにその言葉が妙に嬉しくて、だけど少しこそばゆくて。

「…………ありがとさん」

 普段のような軽口がパッと出てこない。御崎は口元に手を当てて「変な仁王」とおかしそうに笑う。
こそばゆい空気を断ち切るようにチャイムの音が響いた。

「げっ、今日日直なんだった」

 ポケットに忍ばせていたスマホで時間を確認した御崎が抱えていた本を棚へと戻す。

「じゃあまた部活で! 仁王もたまにはちゃんと授業出なよ!」
「プリ。おまんが言うほどサボってないぜよ」
「噓だあ、私が屋上行くといつも居るよ? 絶対けっこうサボってるって!」
「…………時間ええんか?」
「あっ、全然良くない! じゃあね!」

 慌ただしく去っていく御崎を見送った後、ため息と共にその場にしゃがみ込む。

「いつも見てる、のう…………」

 向けられたまっすぐな視線を思い出して不自然に高鳴る鼓動。心なしかいつもより熱い気がする頬。まさか俺が? そう思いつつも原因に心当たりがあって、またひとつため息が零れた。