まぼろし、せつな
パアンと乾いた音が響く。カランと音を立て、棚に並ぶ「十点」と書かれた空き缶が地面に落ちた。
「おお……やるなあ、兄ちゃん」
「プリ」
出店のおじさんの唸り声にいつもの不思議な言葉を発した仁王はもう一度真剣な顔つきで銃を構えた。また乾いた音がして、弾が命中した空き缶が地面に転がる。
今日は地元で開催される大きな夏祭りの日。神社へ続く大通りの両側には屋台が並び、カラフルな浴衣を身に纏った老若男女の楽しげな声が溢れかえっていた。
本当なら、今日は仲の良いクラスメイト数人と祭りを回る予定だった。白地に紫色の椿の花が散りばめられた浴衣を着て、かき氷にりんご飴に綿菓子と、夏祭りらしい美味しいものをたくさん食べて。最後は穴場スポットで花火を見て「たまやー!」と叫ぶ。そんな夜を過ごす予定だったのに。はぐれてしまったのだ、一緒に来ていた子たちと。
どうにか連絡は取れたものの、広い会場にこれだけ人が集まっていては上手く合流できるはずがなく。もういっそ花火が始まるタイミングで合流しようと話がまとまったのだけど、約束の時間まではまだ余裕があって。そんなとき、同じようにテニス部のみんなと来ていたはずがはぐれしまったという仁王に鉢合わせて、しばらく一緒に回ることになったのだった。
「お疲れ」
「見てみんしゃい、大漁ナリ」
「お〜すごいじゃん」
自慢げに景品が入った袋を渡してくる仁王。中を覗き込むと、クマのぬいぐるみと目が合った。
「あ、この子かわいい」
「気に入ったんならやるぜよ」
「…………いいの?」
「俺の部屋に居るより御崎の部屋に住まわせてもらう方がこいつも幸せじゃろ」
渡されたぬいぐるみの顔をじっと見る。たしかに仁王の部屋にかわいいぬいぐるみが置いてあるのはちょっと不思議…………いや、かなり変な気がする。行ったことがないから、仁王の部屋がどんな感じなのかは知らないけれど。
「よろしく、クマすけ」
「クマすけ?」
「この子の名前」
「…………ネーミングセンス無さすぎん?」
「かわいいの間違いでしょ?」
猫パンチならぬクマパンチをお見舞いすれば、仁王は「すまんすまん」と反省が一ミリも込められていない返事を寄越した。
辿り着いた待ち合わせ場所は既に多くの人で溢れていた。穴場だって聞いていたんだけど、きっとここにいる人たちも同じことを考えていたのだろう。このままじゃみんながどこに居るのかわからないな。
「テニス部のみんな居た?」
「いや、見当たらん。そっちは?」
「全然だめ。花火始まるのもうすぐだよね?」
「ああ、たぶんそろそろ…………」
仁王がスマホのロック画面を確認したのと、どこからか口笛じみた音が聞こえてきたのはほぼ同じタイミングだった。
どん。大きな音が響いて、限りなく真上に近い空に大きな菊の花が咲いた。時間をかけて落ちてくる光の粒に見とれている間にまたひゅるる〜と音がして、今度は牡丹の花が咲く。
「おお、すごいのう」
「私、こんなに近くで花火見るの初めてかも」
惑星型にスマイルマーク、ハートにしだれ柳。広い夜空のキャンパスを埋めていくように花火が打ち上がる。
ふと気になって、隣を盗み見た。赤、青、紫、緑、金。仁王の整っている横顔が、それらの色に順番に照らされる。隣に居るのはずっと仁王のはずなのに、花火が上がるごとに毎回別人のようにも見える横顔。それはまるで仁王のプレイスタイルのようで。
「きれい」
「ん?」
「え」
視線に気づいた琥珀色が私を捕らえる。驚いて後退った足元で下駄がカコンと鳴った。その音を追うように掴まれた右手の指先に、仁王の指がゆるく絡まる。
「…………」
「…………」
視線が交差したまま、花火は次々に打ち上げられていく。見たいのは花火であって仁王じゃないのに、わかっているのに、目が離せない。
ひゅるる。どん。これまででいちばん大きな音が響いて、仁王の後ろで大輪の花が咲いた。ぱらぱらと光の粒が舞い落ちて、絶え間なく上がる花火が心を震わせる。
「あ、仁王先輩いた!」
「ちょっと優音! あんたどこ行ってたのよ!」
お互いが探していた人の声がして、繋がれていた手が離れていく。
「…………じゃあ、また部活で」
「う、うん。またね」
今こんなにもドキドキしているのは、花火のせいか、それとも遠ざかっていく男のせいか。その答えがわかるのは、もう少しだけ先の話。