俺の勝ちでいさせて
「はい、プリント」
振り返った優音の長い髪が揺れる。ふわり、いつもの柔軟剤とは違う甘い香りがした。
「ええ香りするのう」
何か付けとる? 聞けば「あ、気づいた?」と、こちらに向けられたアメジストのような瞳がぱっと輝いた。
「いい香りでしょ、これ。ホワイトムスクって言うの」
お姉ちゃんの香水、借りてきちゃった。楽しそうに笑う彼女の話を聞いてなるほどと思う。メイクだとか、ファッションだとか。今の優音を形成している「おしゃれ好き」という要素は年の離れた姉貴の影響だと以前聞いたことがあった。
「私ってば天才だと思わない? リップとかネイルは見つかりやすいけど香水ならバレないじゃんね、いい香りもするし一石二鳥!」
「そうじゃの」
明日からも付けようかな、とニコニコしている優音。キツすぎる匂いでもないし、優音の雰囲気と合った香りで良いと思うのだが、ふと頭の中に疑問が浮かぶ。
「それにしても珍しいのう。今までは香水とか興味なかったじゃろ」
姉貴の影響はあると思うが、それならもっと前から使用しているはずだ。何か心境の変化でもあったのか。「あー、それは」優音は気まずそうに目を逸らす。
「ホワイトムスクってね、清潔感のある石鹼みたいな香りがするから男子受けが良いんだって」
「…………ほーう」
「あ、ちょっと怒んないでよ! 男子受けが良いから選んだんじゃないわよ、仁王がいるから今はそういうの興味ないし! ただ」
「ただ?」
別に怒っているわけじゃないのだが、慌てている優音が面白くてそのまま続きを促す。優音はまた言いにくそうに視線を逸らして、
「男子受けが良いってことは、仁王も良い香りって思うかもでしょ。いつも驚かされてばっかりだし、こういうのなら仁王もドキッとするかな〜って思ったんだけど…………」
嫌な思いさせちゃったらごめん。少ししゅんとして下を向く視線。これはまずいかもしれない。
「いや、別に気にしとらんぜよ。香りも雰囲気に合っとるし」
「…………ほんとに?」
「ああ」
それなら良かった。優音がホッとしたように笑顔になったところで職員室へ行っていた教科担任が戻ってきた。授業が再開されて後ろを向いたままだった優音も前を向く。
問題の解説をする声と教室に響くチョークの音。前の席の優音の明るい色の髪。いつも通りの日常。
『こういうのなら仁王もドキッとするかな〜って思ったんだけど…………』
先ほどの言葉を思い出す。優音はそう言うけれど、他の奴らより顔に出にくいだけで、俺だって人並みに彼女の言動に一喜一憂しているはずだ。話しているときの笑顔も、何かに夢中になっているときの真剣な眼差しも、俺の名前を呼ぶ声も。全部が心臓に悪いし目が離せない。
別にそれを伝えたって良いのだけど、俺の方が想っていた期間が長い分、そういう回数も多いはずなのだ。負けず嫌いなあいつは嫌がるかもしれないけど、このことはもう少しだけ秘密のままで。