愛しいと思ったら負け

 仁王と喧嘩した。たぶん。
 曖昧なもの言いになるのは、私自身も今の状況が飲み込めていないからだと思う。

 出会って話すようになってから2年と少し。話したり一緒に居たりする時間はそれなりに長かったはずだけど、こんなに衝突したのは初めてだった。そのくらい仁王とは気が合ったし、一緒に居ると変な気を遣わなくて良いから楽だったし、本気で怒ったことだってまず無かった。

 だけど、あれから一週間、教室でも時々顔を出す部活でも避けられている気がするのは事実だし、たまに目が合ってもすぐそっぽを向いてしまっているのもまた、事実だった。
 きっかけは先週、クラスの女の子と仁王がふたりで仲良く話しているのを見てしまったこと。別にそれだけなら気にならなかったのだけど、女の子の想い人が仁王だということ。そしてそのことを、仁王を含むクラスのほとんどが気づいているということがモヤモヤの原因だった。
 仁王にそんなつもりは無かっただろうし、私も悪いところはもちろんあったと思うけど、その日やけにイライラしていた私は「めんどくさい」とでも言いたげな仁王の態度に腹が立ってしまって。

「仁王のばか! 大嫌い!」

 ああ、最低極まりないことを言ってしまった一週間前の自分を消し去ってしまいたい。
 たぶん……たぶん、私に余裕がなかったのがいけないのだ。仁王がモテるのは今に始まったことじゃないし、これまでの私ならよくあることだってスルー出来ていたはず。今回あんなに突っかかってしまったのは、受験とかその他いろいろの話でいっぱいいっぱいで、余裕がなかったから。だけどそれは私自身の問題だし、仁王に当たって良い理由になんてなるわけがないのに。

「はあ……」

 鉢合わせると気まずいから行けない屋上の代わりにしている校舎裏。周りに人がいないことを確認して、しゃがんで膝に顔を埋めた。
 謝らないと、仁王に。当たってごめん、ひどいこと言ってごめんって。でも今さらどんな顔して会いに行けば良いんだろう。もしかしたらすごく怒ってるかもしれない。嫌われちゃったかもしれない。そう思ったら悲しくて、情けなくて、じわり、涙が浮かんでくる。

 ずっと鼻を啜ったとき、近くで枯葉が踏まれる音がした。ふわりと広がった甘い香りが誰のものか私はよく知っている。そのまま動かずに居たら、香りの主は私の隣に座ったようだった。
 左肩につんつんと何かが当たる感触。少しだけ目線をあげて尋ねれば、目の前にキツネのポーズをした仁王の左手があった。
 キツネポーズで何かするつもりだったらしい仁王は私の顔を見てぎょっとして、

「…………泣いとる?」
「泣いてない」
「目、赤くなっとる」
「だから泣いてない!」

ごしごしと目元を擦る手を仁王が掴んだ。顔を覗き込まれて視線がぶつかる。溜まっていた涙が一粒、頬を伝って落ちた。

「すまんかった」

 普段見ることがない辛そうな表情に慌てて首を振る。

「私も、仁王は悪くないのに当たっちゃって、ひどいこと言っちゃって…………ごめん」

 頷いた仁王の親指が目元を拭う。そのまま顎が掬われて、目を閉じると同時に唇が重なった。
ここ学校だよとか、誰かに見られたらどうするのとか、いつもなら真っ先にそういうのが出てくるけど。今日だけは。