コール・マイ・ネーム

 同じ学校、同じ学年、同じクラス、同じ部活。何かと接点が多くそれなりに仲も良かった仁王と付き合い始めて、私には新しくわかったことがある。…………仁王雅治という男は、私が思っていた以上に異性に人気があるらしい。

 たしかに、仁王はかっこいい。近寄りがたい雰囲気ではあるけど話してみたら意外に優しくて良い奴だし、長めの前髪で隠れがちな顔だってけっこう整っている。レギュラーとして全国大会にも出場するレベルでテニスは上手いし、普段の気だるげな姿と部活中とのギャップにやられる女の子だって多いはず。バレンタインに大量のチョコレートが入った紙袋を持っているのを見かけたこともあるから、モテるってことは知っていたけど。わかっていたけど。

「なーんかモヤモヤする〜!」

 私の大声に驚いて、フェンスにとまっていたスズメたちが飛び立っていく。はあ。ため息とともに仰向けに寝転がって、顔の上にタオルを被せた。

 ぼんやりと頭の中に蘇るのは、一緒に居るとき廊下ですれ違った後輩の熱い視線。仁王に会いに来た清楚系の同級生。呼び出されて面倒くさそうに立ち上がり教室を出て行く仁王の背中。
 こういうのは付き合い始める前からよくあったけど、そのときは全く気にならなかったのに。最近は、すごく気になってしまう。あの子かわいいなとか、仁王の好みそうだなとか、彼女が私で本当に良かったのかな、とか。

 そう思う度に弱い自分が嫌になる。それに仁王は私が男子と話していても普通の顔をしているからどうしても不安になるのだ。私だけが、好きなんじゃないかって。

「優音」

 名前を呼ばれ、顔に被せていたタオルが捲られる。さっきまでの真っ白な世界の代わりに視界に飛び込んできたのは見慣れた銀色。

「…………おまん、危機感とかそういうの無いんか」
「ええ? だってこの時間に屋上に来るのって、私か仁王くらいしかいないじゃない」

 勢いよく起き上がれば、やれやれと肩をすくめる仁王。

「なに?」

 こちらへ向けられる何か言いたげな視線にそう尋ねれば「いや…………」と目を逸らす。

「はぐらかされると気になるんだけど! なに、なんかやばい話?」
「…………大したことないんじゃけど」
「うん」
「さっき、田中と何の話しとったんかな…………と」

 だんだん小さくなっていく語尾と予想外の内容。混乱している間に仁王は「楽しそうじゃったし」と早口に付け足す。田中というのは同じクラスの男子だ。好きな女優さんが一緒でときどき話すんだけど。

「田中と話してたのは、今度公開する映画の話だけど…………」
「それだけ?」
「あ、あと仁王の話もしたかな、ちょっとだけ」
「俺の?」
「仁王が部活のときに〜みたいな?」

 はあ、と大きなため息。仁王は何も言わないまま、くるりと後ろを向いてしまった。これは、もしかして。

「…………やきもち?」
「何とでも言いんしゃい」

 ふん、とそっぽを向いた仁王の耳がほんのりと赤く染まっているように見える。

「え、あのさ、仁王ってもしかして、私のこと好き?」
「好きじゃなかったら付き合っとらんじゃろ…………」

 振り返った仁王と目が合う。大好きな琥珀色の中に映っているのは、ほかの誰でもない私だった。

「俺は優音のこと、ちゃんと好きぜよ」
「…………ふふっ」

 真剣な顔が嬉しいけど照れくさくて、自分の膝に顔を埋める。
 そういえば仁王って、いつから私のことを名前で呼ぶようになったんだろう。前まではずっと「御崎」だったのに。

「ねえ、仁王」
「ん?」
「私もさ、仁王のこと雅治って呼んでもいい?」

 こんなこと聞くの、柄じゃないんだけどな。でも、誰も気づかないかもしれないけど、小さく彼女アピールしたって別に良いよね。
 仁王…………じゃなかった、雅治は、わずかに見開いた目を何度か瞬かせたあと、いつもの優しい笑顔で頷いてくれた。