あいのてっぽう
駅前のコーヒーショップは、もうすぐ22時だというのに賑わっていた。分厚い参考書を開きながらもスマホの画面をスクロールする受験生、別れを惜しむように寄り添うカップル、ホットコーヒーを片手にパソコンを見つめる疲れた顔のサラリーマンに、仕事の愚痴で盛り上がる若い女性たち。
オレンジ色のあたたかい電灯に照らし出された店内の様子をぼんやりと眺めていると、テーブルに影が落ちた。
「おまたせ」
飲み物が乗ったトレーを置きながら和泉が前の椅子に腰かける。和泉がブラックコーヒーで、私がキャラメルフラペチーノ。ふたりとも毎回おなじものを注文するものだから、つい覚えてしまった。
「ありがとう」
「席取っといてくれて助かったわ。レジもすげー並んでた」
「平日の夜なのにね」
ストローに口をつける。冷たさがじわじわと広がって、レイトショーで火照った身体の熱を冷ましていく。
「オレらも人のこと言えねえけどな」
そう笑って和泉は窓ガラスの外へ目線を向けた。そびえ立つビル群のぽつぽつと残る明かりを眺めるふりをして、ガラスに映る和泉の顔を盗み見る。
和泉と初めて会ったのは高校生のときだった。共通の友人を通して知り合って、話していたら好みとか価値観が合って。それ以来、月に何度か思い出したように連絡が来ては予定が合う日に一緒に出かける関係が続いている。
和泉が女好きのチャラ男で「世界中の子猫ちゃんたちの恋人」を名乗っているという話は仲間うちでは有名だった。もちろん私も知っていて、最初こそふたりで会うことにも警戒していたけれど、実際にデートへ出かけてみると噂は噂でしかないのだと思い知らされた。
和泉はとてもスマートで、優しくて、いつだってこちらの意見を尊重してくれるものだから、一緒にいるのがちっとも苦じゃなかった。高校を卒業してからはこうしてレイトショーを観に行くことも増えたけれど、必ず終電前には解散になる。
「今日の映画さ、時代ものって聞いてたから身構えてたけど、めちゃくちゃ面白かったよな」
「わかる。私、最後の主人公とヒロインの会話がすごく好きだった」
「あそこ良いよな」
観たばかりの映画のセリフをすらすらと言ってみせる。その記憶の良さに和泉が一応ミュージカル俳優の卵なのだと思い出した。和泉もいつかきっと、大きな舞台の真ん中に立ったり、映画館のスクリーンに大きく姿が映ったりする日が来るのだろう。
「和泉さあ、いつまでこういうことしてるつもりなの」
「こういうことって?」
「そろそろ落ち着かないと、世界中の子猫ちゃんたちとやらが悲しむんじゃない?」
本格的にデビューしていない今はまだ良いかもしれないけれど、芸能人のゴシップが好きな人は私たちが思っている以上に多いのだ。某雑誌に和泉の隠し撮りされた写真が載るのを想像して身震いをする。私のような一般人には手の届かない世界へ行ってしまうのは少し寂しいけれど、大切な友人だから。せっかくなら和泉には夢を叶えて大きなステージに立ってほしい。
そんな私の心情など知らない和泉は「なんだよ、心配してくれてんの?」と笑う。
「ちょっと、こっちは真剣なんだけど?」
「そんなこと気にしなくていーんだよ。それにオレ、一緒にいるの好きだし」
ぽつりと呟かれた言葉に、くるくるとストローをかき混ぜていた手を止める。顔をあげるといつになく真剣な眼差しが向けられていた。
「ナマエは? オレと一緒にいるのイヤ?」
「……話そらそうとしたってムダだからね」
「つれねえなあ。つーか、ナマエこそいい加減気づけよ。そういう鈍感なとこも好きだけどさあ」
「意味わかんない。そういうのは喜んでくれる子猫ちゃんに言ってあげなよ」
下唇を突き出せば、ふっと空気がゆるむ。それから和泉はコーヒーに口をつけて唇の端をつり上げた。
「ま、いいか。愛は鉄砲、数撃ちゃ当たるって言うし」
「なにそれ」
「いや、こっちの話」
「ふーん」と気のないふりをしてふたたび窓の外へ視線を向ける。さっきから続いているおかしな胸の高鳴りの理由には、まだ気づきたくない。
オレンジ色のあたたかい電灯に照らし出された店内の様子をぼんやりと眺めていると、テーブルに影が落ちた。
「おまたせ」
飲み物が乗ったトレーを置きながら和泉が前の椅子に腰かける。和泉がブラックコーヒーで、私がキャラメルフラペチーノ。ふたりとも毎回おなじものを注文するものだから、つい覚えてしまった。
「ありがとう」
「席取っといてくれて助かったわ。レジもすげー並んでた」
「平日の夜なのにね」
ストローに口をつける。冷たさがじわじわと広がって、レイトショーで火照った身体の熱を冷ましていく。
「オレらも人のこと言えねえけどな」
そう笑って和泉は窓ガラスの外へ目線を向けた。そびえ立つビル群のぽつぽつと残る明かりを眺めるふりをして、ガラスに映る和泉の顔を盗み見る。
和泉と初めて会ったのは高校生のときだった。共通の友人を通して知り合って、話していたら好みとか価値観が合って。それ以来、月に何度か思い出したように連絡が来ては予定が合う日に一緒に出かける関係が続いている。
和泉が女好きのチャラ男で「世界中の子猫ちゃんたちの恋人」を名乗っているという話は仲間うちでは有名だった。もちろん私も知っていて、最初こそふたりで会うことにも警戒していたけれど、実際にデートへ出かけてみると噂は噂でしかないのだと思い知らされた。
和泉はとてもスマートで、優しくて、いつだってこちらの意見を尊重してくれるものだから、一緒にいるのがちっとも苦じゃなかった。高校を卒業してからはこうしてレイトショーを観に行くことも増えたけれど、必ず終電前には解散になる。
「今日の映画さ、時代ものって聞いてたから身構えてたけど、めちゃくちゃ面白かったよな」
「わかる。私、最後の主人公とヒロインの会話がすごく好きだった」
「あそこ良いよな」
観たばかりの映画のセリフをすらすらと言ってみせる。その記憶の良さに和泉が一応ミュージカル俳優の卵なのだと思い出した。和泉もいつかきっと、大きな舞台の真ん中に立ったり、映画館のスクリーンに大きく姿が映ったりする日が来るのだろう。
「和泉さあ、いつまでこういうことしてるつもりなの」
「こういうことって?」
「そろそろ落ち着かないと、世界中の子猫ちゃんたちとやらが悲しむんじゃない?」
本格的にデビューしていない今はまだ良いかもしれないけれど、芸能人のゴシップが好きな人は私たちが思っている以上に多いのだ。某雑誌に和泉の隠し撮りされた写真が載るのを想像して身震いをする。私のような一般人には手の届かない世界へ行ってしまうのは少し寂しいけれど、大切な友人だから。せっかくなら和泉には夢を叶えて大きなステージに立ってほしい。
そんな私の心情など知らない和泉は「なんだよ、心配してくれてんの?」と笑う。
「ちょっと、こっちは真剣なんだけど?」
「そんなこと気にしなくていーんだよ。それにオレ、一緒にいるの好きだし」
ぽつりと呟かれた言葉に、くるくるとストローをかき混ぜていた手を止める。顔をあげるといつになく真剣な眼差しが向けられていた。
「ナマエは? オレと一緒にいるのイヤ?」
「……話そらそうとしたってムダだからね」
「つれねえなあ。つーか、ナマエこそいい加減気づけよ。そういう鈍感なとこも好きだけどさあ」
「意味わかんない。そういうのは喜んでくれる子猫ちゃんに言ってあげなよ」
下唇を突き出せば、ふっと空気がゆるむ。それから和泉はコーヒーに口をつけて唇の端をつり上げた。
「ま、いいか。愛は鉄砲、数撃ちゃ当たるって言うし」
「なにそれ」
「いや、こっちの話」
「ふーん」と気のないふりをしてふたたび窓の外へ視線を向ける。さっきから続いているおかしな胸の高鳴りの理由には、まだ気づきたくない。