夏とあなたと
「早乙女さん、お水飲めそうですか?」
ソファでぐったりと横になっていた早乙女さんに声をかける。長いまつ毛が微かに震え、ゆっくりと目が開いた。気だるげな視線が私に向けられる。そこまでのなんてことない一連の動作すら美しくて、童話に出てくる王子様みたいで、とくんと胸が音を立てた。今はそんなこと、考えてる場合じゃないのに。
「そこに置いておいてくれ」
「はい」
ローテーブルにグラスを置くと、中の氷がカランと音を立てた。目元に手をやった早乙女さんがはあ、と大きなため息をつく。
「今年の夏はもう、外に出ないことにする」
帰宅してからもう何回か聞いた言葉。
「今年は猛暑続きですからね」
言いながら窓の外に目を向ける。雲ひとつない青空で太陽が輝いていた。それはもう、部屋の中にいるのに真っ黒に日焼けしてしまいそうなほど、ギラギラと。
事の発端は数時間前。制作側の都合で稽古が急遽オフになったという早乙女さんが、私の部屋を訪れたのが始まりだった。
まさか早乙女さんがやって来るなんて微塵も想定していなかった私は、ショッピングへ出かけるための準備の真っ最中。でもまあ、ショッピングなんていつだってできるし。今日は予定を変更して部屋でのんびりしようと思った矢先、私の格好ですべてを悟ったらしい早乙女さんが言ったのだった。
「外出するのなら、僕もついていこう」
ひとつの日傘で相合傘をしながら街を歩いて、おしゃれな早乙女さんに服やコスメを見繕ってもらう。おしゃべりをしながらプラプラと歩き回るのはとても楽しくて、すごく充実した時間を過ごせたのだけれど。普段はほぼすべて車移動だという早乙女さんに真夏の徒歩はやはり厳しかったようで、私の部屋に戻ってきて早々、ソファに倒れ込んでしまったのだった。
「それにしても、どうしてついてくるなんて言い出したんですか」
いつもだったら部屋に来てすぐ「この僕がわざわざ足を運んだのだから、きみの予定より僕を優先したまえ」とかなんとか言われただろうし、仮にショッピングを決行したとしても、すぐにタクシー移動に切り替わったはず。
答えを待っていると目元から腕を外した早乙女さんがじっとこちらを見つめてきた。無言のまま視線が重なり合うこと数秒、早乙女さんが大きなため息をつく。
「僕がいない休日を恋人がどう過ごしているのかに興味を持つのは、別に不思議なことではないだろう」
思いもよらなかった答えにぱちぱちと瞬きを繰り返す。早乙女さんは「たまには悪くないね。今後、夏は出歩かないけれど」とつけ足した。
夏デートの選択肢が狭まることは残念だけれど、そんなことよりも。これはつまり、恋人としてちゃんと興味を持ってもらえてるってことでいいんだろうか。早乙女さんが嘘をつくとは思えないし、いいんだよね、きっと。
自覚した途端にゆるみ始めた両頬を押さえた私に、早乙女さんはわずかに微笑んだ。
ソファでぐったりと横になっていた早乙女さんに声をかける。長いまつ毛が微かに震え、ゆっくりと目が開いた。気だるげな視線が私に向けられる。そこまでのなんてことない一連の動作すら美しくて、童話に出てくる王子様みたいで、とくんと胸が音を立てた。今はそんなこと、考えてる場合じゃないのに。
「そこに置いておいてくれ」
「はい」
ローテーブルにグラスを置くと、中の氷がカランと音を立てた。目元に手をやった早乙女さんがはあ、と大きなため息をつく。
「今年の夏はもう、外に出ないことにする」
帰宅してからもう何回か聞いた言葉。
「今年は猛暑続きですからね」
言いながら窓の外に目を向ける。雲ひとつない青空で太陽が輝いていた。それはもう、部屋の中にいるのに真っ黒に日焼けしてしまいそうなほど、ギラギラと。
事の発端は数時間前。制作側の都合で稽古が急遽オフになったという早乙女さんが、私の部屋を訪れたのが始まりだった。
まさか早乙女さんがやって来るなんて微塵も想定していなかった私は、ショッピングへ出かけるための準備の真っ最中。でもまあ、ショッピングなんていつだってできるし。今日は予定を変更して部屋でのんびりしようと思った矢先、私の格好ですべてを悟ったらしい早乙女さんが言ったのだった。
「外出するのなら、僕もついていこう」
ひとつの日傘で相合傘をしながら街を歩いて、おしゃれな早乙女さんに服やコスメを見繕ってもらう。おしゃべりをしながらプラプラと歩き回るのはとても楽しくて、すごく充実した時間を過ごせたのだけれど。普段はほぼすべて車移動だという早乙女さんに真夏の徒歩はやはり厳しかったようで、私の部屋に戻ってきて早々、ソファに倒れ込んでしまったのだった。
「それにしても、どうしてついてくるなんて言い出したんですか」
いつもだったら部屋に来てすぐ「この僕がわざわざ足を運んだのだから、きみの予定より僕を優先したまえ」とかなんとか言われただろうし、仮にショッピングを決行したとしても、すぐにタクシー移動に切り替わったはず。
答えを待っていると目元から腕を外した早乙女さんがじっとこちらを見つめてきた。無言のまま視線が重なり合うこと数秒、早乙女さんが大きなため息をつく。
「僕がいない休日を恋人がどう過ごしているのかに興味を持つのは、別に不思議なことではないだろう」
思いもよらなかった答えにぱちぱちと瞬きを繰り返す。早乙女さんは「たまには悪くないね。今後、夏は出歩かないけれど」とつけ足した。
夏デートの選択肢が狭まることは残念だけれど、そんなことよりも。これはつまり、恋人としてちゃんと興味を持ってもらえてるってことでいいんだろうか。早乙女さんが嘘をつくとは思えないし、いいんだよね、きっと。
自覚した途端にゆるみ始めた両頬を押さえた私に、早乙女さんはわずかに微笑んだ。