「それって恋じゃね?」
「こい?」

虎石の言葉を繰り返す。

「見かけるとつい目で追っちまって、他の男と話してるとなんか嫌な感じがして、笑顔を向けられるとグッとくるんだろ?」

間違いなく恋だと、虎石は自信ありげにうなずいた。
恋とは、だれかに特別な愛情を抱くこと。想い慕うこと。知っているけれど、いま胸の中にあるこのもやもやが恋なのかと言われると、それはあまりピンとこなくて。

「うーん、僕にはわからないなー」
「だろうな。まあ、別に焦らなくてもいいんじゃねえの?」

僕の返事に苦笑いを浮かべた虎石は「それにしても、戌峰がなあ」 そう呟いてコーヒーが入ったカップに口をつけた。


これからデートなのだという虎石と別れて、寮までの道をひとり歩く。
最近まで雨の日が続いていたけれど、今日はとても天気が良くて、頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。うん、絶好の散歩日和だ。雨も嫌いじゃないけれど、やっぱり晴れている日のほうが気持ちが良い。

「ひさしぶりの太陽うれしいな〜♪」

思いついたフレーズに気持ちを乗せて歩き続けていると、少し先につい先ほど話題になった女の子の後ろ姿が見えた。

こんなところで会えるなんて。名前を呼んで、駆け足で近づく。振り返った彼女の顔が、僕を見つけてぱあっと明るくなった。

「戌峰くん、こんにちは」
「こんにちは! すごい荷物だね、どこか行ってたの?」

「よかったら持つよ」と細い腕の中に抱えられた、膨れ上がったトートバッグを受け取る。重い荷物を持つのは男の役目なのだと、虎石が言っていた。

「ありがとう。近くの図書館に行っていたの」
「どんな本読むの?」
「うーん、ミステリーとか?」
「ミステリーかあ、難しそう」

眉間に皺を寄せればふふ、と彼女が笑う。うれしくなって僕も「へへっ」と笑った。

「戌峰くんもお出かけしてたの?」
「うん! 虎石と映画を観て、喫茶店でクリームソーダを飲んでたんだー」
「とらいしくん……ああ、戌峰くんと同じチームの、かっこいい感じの」

かっこいい、という単語に胸の中にもやもやが広がる。まただ。虎石がかっこいいのは本当のことなのに、どうしてこんなにもやもやするんだろう。

「ねえ、戌峰くんこれから時間ある?」

ふいにそう尋ねられて首を傾げる。今日は稽古はお休みだし、夕飯までにはまだ何時間もあった。

「うん? あるよー」
「よかったらカフェでお話しない? 話してたら私もクリームソーダ飲みたくなっちゃった」
「行く! 楽しそう!」

すぐにそう答えたら、彼女は「よかった〜」と微笑んだ。
胸の中を占めていたもやもやはどこかに行ってしまって、代わりに温かくて優しい感覚が広がっていく。

『それって恋じゃね?』

喫茶店での虎石の言葉が脳内に浮かんだ。

「それじゃあ、カフェに向かってしゅっぱーつ!」
「あはは、そんなに急がなくてもカフェは逃げないよ」

小さな手をとって歩き出す。
虎石の言う恋とか、好きとか、そういうのはまだよくわからないけれど。だけど、一緒にいるときのこの温かい気持ちは嫌じゃないなと思うんだ。
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