きっともとにはもどれない
「中間テスト終わったら観に行きてえ映画があるんだよな」
シャープペンを走らせていたノートから顔を上げる。前の席の椅子をこちらに向けて英語の参考書を開いていたはずの虎石は、いつの間にか机の端に頬杖をついてスマートフォンを眺めていた。
「これ、面白そうじゃね?」
「……校則違反」
「かてーこと言うなって。オレら以外に人いねえし、べつに良くね? それにテスト勉強に休憩は必要じゃん?」
はあ、とひとつため息がこぼれる。チャラチャラしていて女の子たちと遊んでばかりのくせに成績が良い虎石と違って、こっちは必死に勉強しないと苦手科目で赤点を取ってしまうかもしれないという危機に瀕しているというのに。
だけどまあ、休憩が必要だっていうのはその通りだし。何度やり直しても解けない問題があって集中力が切れ始めていたところだったし。頭の中に言い訳を並べてこちらに向けられたスマートフォンの画面を見る。そこにはつい先日公開したばかりの映画のホームページが表示されていた。好きな推理小説が原作の、水の都が舞台の本格ミステリー。
「これ知ってる。テスト終わったら行こうかなと思ってた」
「お、マジ? 気が合うじゃん」
「でも意外だね。虎石ってミステリーとか興味あるんだ」
「まあな。つーか、オレのことなんだと思ってんだよ」
「女好きのチャラ男」
虎石は不満げになにか言っているけれど無視してノートに視線を戻す。この問題を解けるようにならなければ待っているのは赤点と再試。そうなったらずっと楽しみにしていた映画も楽しむことができないのだ。
「さっきから同じ問題で止まってるけど、それわかんねえの?」
「そうそう。これだけどうしても解説と同じ答えにならないんだよね」
赤点、再試の四文字が頭を過ぎり、振り払うように首を振る。「ふーん」と解説を眺めた虎石は顔を上げてにやりと唇の端をつり上げた。
「解き方、教えてやろうか」
「いいの?」
自分ひとりじゃ一生わかりそうにないからとてもありがたい。もちろんだと頷く虎石に手を合わせる。
「わ〜ほんと助かる、あとでなんか奢るわ」
「いや、いいわ。その代わりさ、テスト終わったらさっきの映画ふたりで行こうぜ」
「……はい?」
言われた言葉を脳内で繰り返す。テスト終わったら、さっきの映画、ふたりで行こうぜ?
「え、え、なんで!?」
「なんか奢ってもらう代わり」
「いやそうなんだけど、そうじゃなくて」
どうしてふたりなんだ。ていうか、どうしてよりによって私なんだ。
女好きでチャラ男、かつ整った容姿をしている虎石は非常にモテる。それはもう、見ていて思わず引いてしまうくらい。同級生はもちろん、先輩にも、後輩にも、他校の生徒にも。
話しやすいし気も合うし、友人として付き合うぶんにはなにも問題のない虎石だけれど、休日にふたりきりで出かけるとなると話はべつ。今でもときどき「虎石くんとどういう関係なの?」なんて少女漫画のようなことを聞かれることがあってうんざりしているのだ。もし虎石のことが好きな誰かに一緒に出かけているところを見られたら……ああ、考えるだけでゾッとする。
「もう誰かと行く約束してんの?」
「してないけどさあ。ほかの女の子誘いなよ。そうだ、それかせめて空閑くん誘おう。三人で行こう」
「なんで愁?」
下唇を突き出して拗ねたような表情を浮かべて視線を落とす。ほかの女の子なら、虎石のことが恋愛的な意味で大好きな子たちなら揺らぐのかもしれないけれど、私はというと困惑しかない。だって、それなりに仲は良いほうだけど、これまで学校の外で遊ぼうなんて話になったことなかったし。こんなに食い下がられるなんて思ってなかったし。
「私と行くのにこだわらなくたって、虎石が誘ったら絶対みんな来てくれるって」
「……オレが、ナマエと行きたいんだけど?」
「……どうして?」
ばちりと視線がぶつかる。この先は聞くべきじゃないと頭の中で警報が鳴っているのに、夕日に照らされて熱をもった瞳から目が離せない。
ああ、理由なんて聞くんじゃなかった。聞いてしまったらきっと、私たちは。
シャープペンを走らせていたノートから顔を上げる。前の席の椅子をこちらに向けて英語の参考書を開いていたはずの虎石は、いつの間にか机の端に頬杖をついてスマートフォンを眺めていた。
「これ、面白そうじゃね?」
「……校則違反」
「かてーこと言うなって。オレら以外に人いねえし、べつに良くね? それにテスト勉強に休憩は必要じゃん?」
はあ、とひとつため息がこぼれる。チャラチャラしていて女の子たちと遊んでばかりのくせに成績が良い虎石と違って、こっちは必死に勉強しないと苦手科目で赤点を取ってしまうかもしれないという危機に瀕しているというのに。
だけどまあ、休憩が必要だっていうのはその通りだし。何度やり直しても解けない問題があって集中力が切れ始めていたところだったし。頭の中に言い訳を並べてこちらに向けられたスマートフォンの画面を見る。そこにはつい先日公開したばかりの映画のホームページが表示されていた。好きな推理小説が原作の、水の都が舞台の本格ミステリー。
「これ知ってる。テスト終わったら行こうかなと思ってた」
「お、マジ? 気が合うじゃん」
「でも意外だね。虎石ってミステリーとか興味あるんだ」
「まあな。つーか、オレのことなんだと思ってんだよ」
「女好きのチャラ男」
虎石は不満げになにか言っているけれど無視してノートに視線を戻す。この問題を解けるようにならなければ待っているのは赤点と再試。そうなったらずっと楽しみにしていた映画も楽しむことができないのだ。
「さっきから同じ問題で止まってるけど、それわかんねえの?」
「そうそう。これだけどうしても解説と同じ答えにならないんだよね」
赤点、再試の四文字が頭を過ぎり、振り払うように首を振る。「ふーん」と解説を眺めた虎石は顔を上げてにやりと唇の端をつり上げた。
「解き方、教えてやろうか」
「いいの?」
自分ひとりじゃ一生わかりそうにないからとてもありがたい。もちろんだと頷く虎石に手を合わせる。
「わ〜ほんと助かる、あとでなんか奢るわ」
「いや、いいわ。その代わりさ、テスト終わったらさっきの映画ふたりで行こうぜ」
「……はい?」
言われた言葉を脳内で繰り返す。テスト終わったら、さっきの映画、ふたりで行こうぜ?
「え、え、なんで!?」
「なんか奢ってもらう代わり」
「いやそうなんだけど、そうじゃなくて」
どうしてふたりなんだ。ていうか、どうしてよりによって私なんだ。
女好きでチャラ男、かつ整った容姿をしている虎石は非常にモテる。それはもう、見ていて思わず引いてしまうくらい。同級生はもちろん、先輩にも、後輩にも、他校の生徒にも。
話しやすいし気も合うし、友人として付き合うぶんにはなにも問題のない虎石だけれど、休日にふたりきりで出かけるとなると話はべつ。今でもときどき「虎石くんとどういう関係なの?」なんて少女漫画のようなことを聞かれることがあってうんざりしているのだ。もし虎石のことが好きな誰かに一緒に出かけているところを見られたら……ああ、考えるだけでゾッとする。
「もう誰かと行く約束してんの?」
「してないけどさあ。ほかの女の子誘いなよ。そうだ、それかせめて空閑くん誘おう。三人で行こう」
「なんで愁?」
下唇を突き出して拗ねたような表情を浮かべて視線を落とす。ほかの女の子なら、虎石のことが恋愛的な意味で大好きな子たちなら揺らぐのかもしれないけれど、私はというと困惑しかない。だって、それなりに仲は良いほうだけど、これまで学校の外で遊ぼうなんて話になったことなかったし。こんなに食い下がられるなんて思ってなかったし。
「私と行くのにこだわらなくたって、虎石が誘ったら絶対みんな来てくれるって」
「……オレが、ナマエと行きたいんだけど?」
「……どうして?」
ばちりと視線がぶつかる。この先は聞くべきじゃないと頭の中で警報が鳴っているのに、夕日に照らされて熱をもった瞳から目が離せない。
ああ、理由なんて聞くんじゃなかった。聞いてしまったらきっと、私たちは。