進行方向の交差点で歩行者信号が点滅しているのが見えた。しばらくして青色だった信号が黄色に変わって、それから赤色になる。アクセルを緩めてブレーキを踏んでいく。愛車は停止線ぴったりで動きを止めた。
 ふと、視線を感じて助手席を見る。窓枠に肘をついてこちらを見ていた虎石くんと目が合った。

「どうしたの」

 ちらちらと信号を確認しながら尋ねる。

「横顔も可愛いなと思って」
「もう、あんまり大人をからかわないの」

 本心なのに。拗ねたように下唇を突き出す虎石くんに気づかない振りをしてルームミラーを見て前髪を整えた。
 かわいいとか、きれいとか、好きだとか、オンナノコが喜びそうなセリフをさらりと言ってのけるのが虎石和泉くんという男の子だった。彼の口から生み出される言葉は甘い毒をはらんでいて、単純な私は簡単に中毒になってしまう。これでまだ高校生だというのだから恐ろしい。私たちが高校生の頃にはこんなにマセた男子は同級生にいなかったはずだ。

「星奈って運転上手いよな」

 このまま食い下がっても相手にされないと判断したのか、虎石くんは話題を変えた。

「そうかな」

 それは、だれと比べて?
 音になりかけた言葉を飲み込む。もう甘い毒に夢中だったとしても、彼の前では年上らしく大人の女性でいたい。醜い嫉妬なんて感情は見せたくなかった。私より何枚も上手の彼はきっと、すべてお見通しなんだろうけど。

「んー、高校を卒業してすぐから乗ってるからかな。もう何年も乗ってるのに初心者と変わらない運転してたら困るでしょ」
「へえ、ちょっと意外。そんな早くから乗ってたんだ」
「あれ、話したことなかったっけ。車が好きな知り合いがいてね、大学生のときはよく海までドライブとかしてたよ」

 まだ子どもだった当時の私には、一定の年齢にならないと取ることができない運転免許が大人の証のように見えていた。それを得れば大人として社会に認められるような気がしていた。だから進学先が決まってすぐに自動車学校に通い始めて、高校卒業と同時に試験場に駆け込んだのだ。

「……それって、元カレ?」
「え?」

 想定していなかった言葉に思わず虎石くんを見た。なにが、と尋ねたら「海までドライブした相手」と小さな声が返ってくる。
 どうしてそんなことを聞くのだろう。ぐるぐると考えてみるけれど、虎石くんがなにを考えているのかはわからなかった。じっと見つめ合うこと数秒。答えを待つフォグブルーの瞳は不思議な熱を帯びていた。見つめていたらおかしくなってしまいそうで、なにも言わないまま前を向く。

「ナイショ」
「なんだよそれ」

 苦笑しながら虎石くんは頭の後ろで腕を組む。その動きに合わせて、シートがぎしりと音を立てた。

「オレも進路が決まったら免許取りに行こうかな」

 ちらりと盗み見た虎石くんの横顔は大人に憧れていた頃の私みたいだった。虎石くんも早く大人になりたいんだろうか。でも、だけど、そんな風に焦らなくたって虎石くんは、

「虎石くんは今のままでもすごく素敵だよ」

 信号が青色に変わる。周りの車が動き出したのに合わせてゆっくりとアクセルを踏んだ。
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